# ビームが頭を貫通、それでも生き延びた物理学者

配信日: 2026-08-24(朝7:00配信) / 通巻 第104号 / カテゴリ: 科学

放射線を浴びれば命に関わる、というのはよく知られた話だ。とりわけ脳のような生命維持に直結する臓器を放射線が直接通り抜けるとなれば、まず助からないというのが常識的な感覚だろう。

ところが、ロシアの素粒子物理学者アナトリー・ブゴルスキーは、稼働中の粒子加速器から放出された高エネルギーの陽子ビームによって、文字通り頭を貫通されながら生き延びた人物として知られている。1978年に起きたこの事故は、放射線被曝の常識を覆す事例として今も語り継がれている。

実験用の粒子加速器は、自然界では宇宙線などごく特殊な状況でしか生まれないような超高エネルギーの粒子の流れを、人工的につくり出す装置だ。本来なら分厚い遮蔽と幾重もの安全対策に守られているはずのビームの通り道に、作業中のわずかな一瞬、頭部が入り込んでしまったとみられている。

事故の瞬間、光速に近い速度で加速された陽子の束が、ブゴルスキーの後頭部から入り、鼻の付け根あたりから抜けていった。普通に考えれば即死してもおかしくない状況だが、当人はそのとき痛みをまったく感じなかったという。代わりに彼が体験したのは、「太陽千個分よりも明るい」閃光だった。

なぜ、頭を貫通するほどの高エネルギー粒子を浴びながら痛みを感じなかったのか。手がかりは「速さ」にある。陽子ビームが脳内を通過するのに要した時間は、瞬き一つよりもはるかに短い、ごく一瞬の出来事だったと考えられる。皮膚を切る、骨を折るといった物理的な損傷とは異なり、ビームが通過した経路の組織は瞬時に損なわれた可能性が高く、痛みを伝える神経がその情報をまとめて脳に送り届ける暇すらなかったのではないか、というのが自然な解釈だ。そもそも脳そのものには痛みを感じる受容体がほとんど存在しないことも、無痛だった一因として考えられる。

実は、通常の放射線事故で命が失われる主な原因は、全身に広がる形で細胞が損傷を受け、骨髄や消化管など生命維持に不可欠な組織がまとめて機能を失うことにある。ところがブゴルスキーが浴びたのは、髪の毛ほどの太さに絞り込まれた一本の経路だけを通るビームだった。脳のごく限られた範囲だけが破壊的な線量を浴びる一方で、全身のほとんどの細胞はほぼ無傷のまま残った。「局所だけがとてつもなく危険で、それ以外はほぼ無事」という、通常の被曝事故ではまず起こりえない特殊な状況こそが、彼の生存を可能にした一因だと考えられている。

「太陽千個分の閃光」についても興味深い説明が成り立つ。高エネルギーの放射線粒子が眼球の奥や視神経、脳の視覚野に直接作用すると、外から光が入っていなくても「光を見た」という感覚が生じることが知られている。宇宙飛行士が宇宙空間で目を閉じていても、謎の光の筋を感じることがあるというが、その現象と同じ仕組みだと考えれば、ブゴルスキーが見た閃光も、外界からの光ではなく、視神経そのものが放射線によって直接刺激された結果だった可能性がある。

この事故がこれほど語り継がれているのは、単に彼が生き延びたからというだけではない。人類が作り出した中でも屈指の高エネルギー装置から放たれたビームを、頭部という最も脆弱な部位にまともに浴びた例は、放射線にまつわる記録の中でもほとんど類を見ない。ブゴルスキーが素粒子物理学者として名を残しているのは、研究業績以外に、この事故による影響も大きいと言っても過言ではないだろう。

## 出典

- [Anatoli Bugorski](https://en.wikipedia.org/wiki/Anatoli_Bugorski) — "Anatoli Petrovich Bugorski is a Russian retired particle physicist."
- [If You Stuck Your Head in a Particle Accelerator ... | Discover Magazine](https://www.discovermagazine.com/if-you-stuck-your-head-in-a-particle-accelerator-491) — "a burst of high-energy protons traveled through the back of his head and exited near his nose. He felt no pain, but experienced a flash of light 'brighter than a thousand suns.'"(major)
- [Anatoli Bugorski: The Man Who Put His Head In A Particle Accelerator And Survived | IFLScience](https://www.iflscience.com/anatoli-bugorski-the-man-who-put-his-head-in-a-particle-accelerator-and-survived-80282) — "a proton beam shot through the back of his head at close to the speed of light...out just underneath your nose."(web)

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