ジャッファケーキ裁判——巨大ケーキが法廷に持ち込まれた日
英国で「ケーキかビスケットか」をめぐって法廷闘争が起きたと聞くと、大げさに聞こえるかもしれません。しかし1991年、菓子メーカーのマクビティ社は本気でこの一点を争い、しかも法廷に「12インチ(約30cm)の巨大ジャッファケーキ」を証拠として持ち込みました。
事の発端は税金でした。英国の付加価値税(VAT)制度では、生活必需品に近いとされる通常の「ケーキ」は非課税である一方、贅沢品扱いの「チョコレートで覆われたビスケット」には課税されます。ジャッファケーキはスポンジ生地にオレンジ味のジャムをのせ、薄いチョコレートで覆った菓子で、大きさも見た目も食べ方もビスケットに近く、税務当局はこれを課税対象の「ビスケット」と認定しました。マクビティ社はこれを不服として法廷で争うことになります。菓子1個の税率区分をめぐって、企業が本格的な法廷闘争に踏み切ったこと自体が、すでに十分に奇妙な話です。
ここで同社が持ち出した論拠が振るっていました。「ケーキは古くなると硬くなるが、ビスケットは古くなると柔らかくなる。ジャッファケーキは古くなると硬くなるのだから、これはケーキである」という理屈です。この主張を補強するために、通常サイズでは伝わりにくい構造的特徴を誰の目にも明らかにする目的で、直径30cmもの巨大なジャッファケーキを実際に焼いて法廷に提出しました。法廷という厳粛な場に、菓子職人が焼いた巨大なオレンジ味のスポンジ菓子が証拠品として運び込まれる光景は、想像するだけでも滑稽です。
判事のドナルド・ポッターは、名称やパッケージ、売り場の位置といった「社会的な要因」よりも、成分やスポンジ生地の質感、古くなったときの変化といった「物理的な性質」を重視すべきだと判断しました。判決文では、製品名は「わずかな考慮要素」にすぎず、生地の質感は「スポンジケーキのもの」であり、実際に古くなると「硬くなる」という点を踏まえ、「ケーキとして十分な特徴を備えている」と結論づけ、マクビティ社の主張を認めました。
結果としてジャッファケーキは非課税の「ケーキ」として扱われることが確定し、今もこの判例は英国の税法・商品分類の議論で頻繁に参照される有名事例になっています。菓子の存在論的な分類が、巨大な実物証拠つきで法廷にまで持ち込まれ、しかも国の税収に関わる正式な判例として今も引用され続けているという点で、税制がいかに日常の言葉の定義に踏み込んでくるかを示す一件と言えるでしょう。
同じ英国のVAT制度をめぐっては後年、ポテトチップスメーカーのプリングルズが「うちの商品はジャガイモ主体の食品ではないので税率区分が違う」と自ら製法の特殊性を法廷で主張し、一審では認められたものの控訴審で覆されて課税対象と確定するという、ジャッファケーキとは正反対の「制度ハック失敗」も起きています。同じ税制の綱引きが、コインの表と裏のように別々の菓子を舞台に繰り広げられたわけです。