2026-08-25
夕刊
生き物第107号

ゾウは『ハチ専用』の警戒音を持っていた

チナミニチンチラが読み上げます(4分12秒)

ゾウは、陸上最大の動物である。天敵はほとんどおらず、分厚い皮膚、大きな牙、群れで身を寄せ合う社会性まで備えている。ライオンの群れでさえ、健康な成獣のゾウには近づかない、まさに「百獣の頂点」である。そんなゾウにも本気で怖がる相手がいるとしたら意外に思うだろう。その正体は、体長わずか1センチほどのミツバチである。

ケニアで象の保護研究に取り組むオックスフォード大学のルーシー・キングらの研究チームが、それを実験で裏付けた。ミツバチの羽音を録音し、野生のゾウの群れの近くに置いたスピーカーで再生したところ、15回の試行のうち14回でゾウがその場を離れた。比較用のホワイトノイズでは13回中6回だったうえ、ハチの音を聞いたゾウは、より速く、より遠くまで逃げた。さらに、群れは一斉に逃げ出しただけでなく、それまで観察されたことのない、独特の低い「ランブル」という鳴き声を発した。ゾウは低周波の唸り声で仲間と意思疎通することが知られているが、この鳴き声は他の警戒場面では出てこない、いわば「ハチの危険を伝える警報」である可能性がある。研究チームはこれを「ビー・ランブル」と名付けた。

この現象を確かめるため、研究チームは10の家族群を対象に音源を変えて反応を比較した。「ビー・ランブル」、同じような低い唸り声でも中身が異なる「対照用ランブル」、「ビー・ランブル」を加工してホワイトノイズへの反応に近づけた声、の三種類を、それぞれ10回ずつ再生した。「ビー・ランブル」を再生した際は、6家族がその場から逃げ出した。ところが、「対照用ランブル」を流した場合に逃げたのは2家族にとどまり、加工した声では1家族しか反応しなかった。つまりゾウはハチの羽音を聞き分け、仲間にだけ伝わる特有の合図で危険を共有していたことになる。特定の脅威ごとに専用の鳴き声を使い分ける動物は珍しく、ゾウの音声コミュニケーションが想像以上に複雑である証拠として注目された。

この発見はただの生態学的トリビアで終わらなかった。ケニアなどアフリカの農村では、ゾウが夜間に畑を踏み荒らし作物を食い尽くす「クロップ・レイディング」が深刻な問題で、時には住民とゾウの衝突による死傷事故にまで発展する。そこで研究チームは、ミツバチの巣箱をワイヤーでつないで農地の周囲にぐるりと配置する「ビーハイブ・フェンス」を考案した。ゾウが柵に触れてワイヤーを揺らすと巣箱が振動し、中のハチが一斉に飛び出す仕組みだ。ケニアの国立公園近くにある農場10か所でこの柵を試したところ、ゾウの侵入をおよそ8割も減らすことに成功した。

ちなみに、

このビーハイブ・フェンスは一方的にゾウを追い払うだけの仕掛けではない。巣箱で採れた蜂蜜や蜜ろうは農家の収入になり、ハチは農作物の受粉にも役立つ。また、電気柵のようにゾウを傷つける心配がなく、部品も安価に調達できるため、資金の乏しい地域でも導入しやすい点が評価されている。巨大なゾウと小さなミツバチの意外な力関係は、いまや人とゾウが傷つけ合わずに暮らすための知恵として利用されているのである。

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朝刊
生き物第106号

タコは気に入らない相手だけを狙って殻を投げつける

チナミニチンチラが読み上げます(3分4秒)

タコは基本的に単独行動の生き物、というのが一般的なイメージだろう。縄張りを持ち、獲物を巧みに捕らえ、擬態やパズル解きの知能でも知られるが、群れを作らず、他個体と積極的に関わることはほとんどないとされてきた。せいぜい縄張りに近づいてきた相手を腕で押しのけたり、体色を変えて威嚇したりする程度――そんな寡黙な生き物、というのがこれまでの通念だった。

ところが2022年に発表された研究で、この通念を揺るがす映像が記録された。オーストラリア沿岸に生息するマダコの一種が、自身の噴き出す水流を使って、殻や泥を「投げつける」行動をとっていたのだ。物を投げて攻撃する動物としてはチンパンジーが枝や糞を投げる例などが知られるが、腕や手を持たない軟体動物が水流を利用して同じことをやってのけていた点が、研究者たちを驚かせた。

タコは普段、砂や貝殻などの不要物を巣の外へ排出する際にも水を吹き出す。しかし、研究チームが大量の水中映像を分析したところ、その排出のうちのかなりの数が、単なる巣掃除ではなく、近くにいる特定の個体に向けて「投げつけられている」とみられることが分かった。観察された投擲のおよそ半数は、近くにいる別個体との小競り合いの最中に起きており、中には同じ相手だけを繰り返し狙い、何度も命中させ続けた個体もいたという。狙われた側もただ黙って浴びていたわけではない。しゃがみ込んだり、投げてきた相手の方向へ腕を掲げたりして、飛んでくる殻や泥を防ごうとする姿がたびたび確認された。無脊椎動物が特定の相手を選んで物を投げ、相手がそれをよけるという、まるで人間同士の喧嘩のような生々しいやり取りが、海の底で繰り広げられていたことになる。

ちなみに、

この「狙い澄まして当てていた」ことを裏付ける決定打となったのは、投げる瞬間の漏斗(水を出す管)の向きだった。タコは通常、呼吸や移動、掃除のために漏斗を体の決まった位置に構えているが、殻や泥を投げつけるときだけ、普段とは違う不自然な角度にわざわざ調整していたのだ。研究チームはこの不自然な体勢の変化こそが、単なる排出行為ではなく意図的な投擲行動である証拠だとみている。

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