配信: 2026-07-05 18:00(JST)
夕刊
文化第5号

ペプシが持っていた「世界6位の海軍」

チナミニチンチラが読み上げます(4分8秒)

冷戦のさなか、ペプシコーラで有名なペプシコが世界第6位の海軍力を保有していた――そんな話が都市伝説的に語り継がれている。空母や潜水艦を擁する清涼飲料水メーカーという絵面の強烈さから、トリビア本やSNSで幾度となく引用されてきた逸話だ。「コーラ戦争の勝者は最後には軍艦まで手にした」という筋書きは、いかにも語りたくなる面白さを備えているが、実際のところはどうなのだろうか。今回はこの話を深掘りしていきたい。

話の発端は1989年、ペプシコとソ連の間で交わされた物々交換取引にさかのぼる。当時のソ連ルーブルは国際的にほとんど流通しない通貨で、西側企業との商取引はしばしば現金決済ではなく、自国の製品や資産による現物決済に頼らざるを得なかった。飲料の対価を外貨で受け取れないなら、代わりに手持ちの資産で払う――そうした発想の延長線上で、この年ペプシコは、退役した艦艇群を取引の対価の一部として受け取る契約を結んだ。

引き渡されたのは石油タンカーを含む艦隊だったが、ペプシコが実際にこれらを軍事作戦や哨戒任務に投入したことは一度もない。石油タンカーはリースに出されるか転売され、そのほかの艦艇は戦力としてではなく、もっぱらスクラップとして解体業者に売却された。つまりペプシコが手にしたのは「戦力」ではなく、鉄くずと中古タンカーという単なる資産価値にすぎなかった。軍艦を保有した企業というより、たまたま軍艦の形をした資産を現金化した企業、というのが正確な姿だろう。

それでも引き渡された艦艇の隻数だけを機械的に世界各国の海軍と比較すると、当時のランキング表で上位に食い込んでしまう規模ではあった。ここに落とし穴がある。軍事力の指標というものは本来、艦艇の隻数だけでなく、乗組員の練度や実戦運用能力、燃料や弾薬の補給体制まで含めて総合的に測られるべきものだ。動かす人員も、出撃させる作戦計画も持たない艦艇をただ数え上げただけでは、実質的な戦力の大小は測れない。「世界6位の海軍」という威勢のいい誤解は、この数え方の錯覚が独り歩きした結果生まれた、いわば幻の海軍だったというのが実情に近い。皮肉にも、この誤解自体が「規模の大きさ=強さ」という直感的だが危うい思い込みのわかりやすい実例になっている。ウィキペディアの「よくある誤解」一覧に律儀に載り続けているのも、この話がそれだけ広く信じられてきた証拠と言えるだろう。数字やランキングだけを切り取って眺めると、背景にある文脈が丸ごと抜け落ちてしまう――このエピソードは、そうした「一見わかりやすい指標」の危うさを教えてくれる格好の題材でもある。

ちなみに、

この物々交換の関係は一度きりでは終わらなかった。取引はその後も形を変えて続き、続く追加契約ではさらに10隻ほどの艦艇が動いたとされる。冷戦末期のソ連にとって、清涼飲料水と軍艦を交換するというのは、それだけ現実的な選択肢だったということでもある。