ラッコは石をポケットに入れて持ち歩く——「お気に入りの石」説には諸説あり
貝を割るための道具を、専用のポケットに入れて持ち歩く動物がいます。ラッコです。しかもこの「道具入れ」は、洗濯物のポケットのように使うたびに石を出し入れする、れっきとした体の一部の器官です。
ラッコの前足の下、脇腹のあたりの皮膚にはたるみがあり、これが袋状のポケットとして機能します。ラッコは貝や甲殻類を採るために海に潜ると、獲物と一緒に、殻を割るための石をこのポケットに詰め込んで水面まで運び上げます。水面に浮かびながら仰向けの状態になり、お腹の上に石を「作業台」として置いて、そこに貝を繰り返し打ちつけて殻を割り、中身を食べるという一連の動作を行うのです。石をハンマー代わりに使ったり、逆に岩に貝そのものを叩きつけて割ったりと、状況に応じて使い分けることも知られており、道具を使う数少ない哺乳類の代表例としてしばしば紹介されます。
ここでよく語られるのが「ラッコにはお気に入りの石があり、それを何年も大事に使い続ける」「お気に入りの石をなくすと食事ができなくなり落ち込んでしまう」という説です。愛らしいエピソードとしてSNSなどでもよく拡散されますが、実際にはそこまで強い裏付けがあるわけではありません。確認されている行動の実態としては、種類や個体によって石をほとんど使わない場合があったり、石を使わず獲物そのものを岩に打ちつけて割るケースの方がむしろ多いことも分かっています。つまり「特定の石に執着する」という擬人化されたイメージが独り歩きしている面が強く、実際の道具使用はもっと柔軟で、その場にあるものを使うその場しのぎ的な行動だという見方が近年では有力とされています。
それでも、脇腹のポケットに食料や道具を保管して持ち運ぶという行動そのものは実際に観察されている確かな習性であり、野生動物が石という「持ち物」を意図的に運搬・保管するという発想自体が、動物界全体を見渡してもかなり珍しい部類に入ります。「お気に入りの石」という美談は割り引いて考える必要があるとしても、道具を携帯する野生動物という事実そのものが、十分に驚きに値する話です。
ラッコの道具使用がしばしば注目されるのは、鳥類や霊長類以外の哺乳類で「石という無生物の道具を繰り返し使う」行動が確認されている数少ない例だからでもあります。多くの動物にとって道具は「その場で見つけて使い、そのまま捨てる」ものですが、ラッコは石を体につけたポケットに収納してわざわざ持ち運ぶという、一段階手間のかかる行動を選んでいます。個体によって石の使い方や執着度合いに幅があるという事実も含めて、単純な「本能的な反射行動」では説明しきれない、個体差のある学習・習慣としての道具使用の可能性を示唆していると考えられています。
ラッコは体温を保つために毛づくろいに1日のうちかなりの時間を費やす動物でもあり、他の多くの海生哺乳類と違って皮下脂肪をほとんど持たず、空気を大量に含んだ非常に密な毛皮だけで冷たい海水から身を守っています。