「乗用車」として輸入され、上陸後に座席を捨てた貨物バン
自動車を海外から輸入する際、乗用車とトラックとでは関税率がまったく違う、というのはさほど珍しい話ではない。多くの国で商用車と乗用車には別の税率が課される。ただしアメリカの場合、この差がとんでもなく極端で、輸入トラックには実に25%もの関税がかかる。乗用車ならわずか2.5%で済むのに、その10倍だ。この「チキン税」と呼ばれる関税は、1960年代にヨーロッパが米国産の鶏肉に高関税をかけたことへの対抗措置として始まったもので、半世紀以上前の報復関税がいまも生きている制度である。フォードのような世界的な自動車メーカーであっても、これを正面から払い続けるのはさすがに割に合わない、という水準の負担なのだ。
ここでフォードが選んだ抜け道が振るっている。トルコの工場で作られた商用バン「トランジット・コネクト」を、そのまま貨物用として輸入せず、わざわざ後部座席・窓・シートベルトを取り付けて「乗用車」に仕立て上げ、その姿のまま通関させていたのだ。乗用車として認められれば関税は2.5%で済む。そして首尾よくアメリカに上陸したあとは、ボルティモアにある提携施設へとバンをそのまま送り込み、後付けした座席とシートベルトを外し、窓はふさいでパネルに交換する。晴れて本来の貨物用バンの姿に戻していたわけだ。取り外された座席とガラスはシュレッダーにかけられ、リサイクルに回されたという。つまり通関書類の上でだけ「乗用車」が成立していればよく、実物の座席が本当に乗客を乗せるかどうかは、最初から誰も気にしていなかったことになる。
つまりこの座席たちは、乗客を一人も乗せることなく、関税をごまかすためだけに大西洋を渡り、上陸後わずか数日で用済みとして解体される運命にあったわけだ。実際に人が座ることは最初から想定されておらず、米司法省の資料でもこの座席は「本物ではない仮の後部座席」であり「乗客を運ぶために使われたことは一度もない」と表現されている。書類上だけ存在する乗用車のための、書類上だけの座席だったということになる。輸入されたバンの台数を考えれば、同じ運命をたどった座席とシートベルトとガラスは、決して少なくない数にのぼったはずだ。一台の車のために、大西洋を往復させてまで座席だけを使い捨てにするという発想そのものが、関税という制度の境界線をどこまで厳密に定義するかをめぐる、企業と国家の駆け引きの産物だとも言えるだろう。
この手口はやがて米税関国境警備局への虚偽申告として問題化し、フォードは米司法省の追及を受けることになった。最終的にフォードは3億6500万ドルという巨額の和解金を支払うことで決着している。座席を取り付け、外し、シュレッダーにかける――そのすべての手間とコストを踏まえてもなお得だと見込んだはずの節税策は、結局もっと高くつく請求書となって数十年越しに戻ってきた格好だ。関税という数字ひとつの差が、実在しない乗客のための座席をわざわざ作らせていたのである。