配信: 2026-07-13 07:00(JST)
朝刊
生き物第20号

「若返って」死をリセットするクラゲがいる

チナミニチンチラが読み上げます(4分21秒)

生き物は老いれば死ぬ。これは動物にも人間にも共通する、逃れようのない自然の摂理だと誰もが思っている。若さは一方通行の道で、老化の時計を巻き戻すことなど、どんな生き物にもできないはずだった。

ところが海の中には、死にかけると「子供の姿」に逆戻りすることで、老いそのものをリセットしてしまう生き物がいる。体長わずか数ミリ、海中を漂う小さな透明のクラゲ、ベニクラゲ(Turritopsis dohrnii)だ。ストレスを受けたり、怪我をしたり、老化が進んだりすると、成体である「クラゲ」の状態から、幼生に近い「ポリプ」という段階へと逆戻りしてしまう。

この現象を支えているのが「分化転換(transdifferentiation)」と呼ばれる細胞レベルの仕組みだ。通常、生き物の細胞は一度「筋肉の細胞」や「神経の細胞」といった役割が決まると、その役割を変えることはない。トカゲが尻尾を再生させたり、イモリが手足を再生させたりする例はあるが、それも「失った部分を新しく作り直す」だけであり、大人の体そのものを子供の段階まで丸ごと巻き戻す生き物はほとんど例がない。ところがベニクラゲの細胞は、ダメージや老化に反応すると、いったん「シスト」と呼ばれる未分化に近い中間段階を経て、まったく別の種類の細胞へと作り替えられてしまう。役割を終えた大人の細胞が、もう一度子供の設計図を書き直すようなイメージだ。

この不思議な現象の裏側を解明しようと、研究者たちは細胞レベルでの解析も進めている。ベニクラゲが生活環を巻き戻す際に、どの遺伝子が働いているのかを網羅的に調べ、若返りに関わっている可能性のある遺伝子群を特定しようとする研究も報告されている。老化や再生のメカニズムを理解する手がかりとして、この小さなクラゲが生物学の最前線で注目され続けている理由もそこにある。

そうして生まれ変わった個体は、再びポリプの群体を形成し、そこから新しいクラゲとして成長を始める。理論上、このプロセスに回数の制限はなく、老いては若返り、老いては若返りを何度でも繰り返せる。この性質から、ベニクラゲは一個体一個体が「生物学的に不老不死」となりうる生き物として、研究者たちの注目を集めてきた。英語圏では、その性質にちなんで単に「immortal jellyfish(不死のクラゲ)」という愛称でも呼ばれている。人間で言えば、老人がある日突然赤ん坊に戻り、また一から成長し直すようなものだと考えると、そのスケールの異常さが実感できるだろう。

ただし、不老不死といっても「絶対に死なない」という意味ではない。若返りのプロセスが起きるのは、あくまで危機に反応して細胞が作り替えられた場合の話であり、そのチャンスが訪れる保証はどこにもない。海の中でこの幸運な巻き戻しに出会える個体は、決して多くはないはずだ。

ちなみに、

実際には多くの個体が、この若返りのサイクルを迎える前に、他の生き物に食べられたり、病気にかかったりして命を落としてしまうという。理論上は無限に生き続けられる仕組みを持ちながら、現実の海では他の生き物と同じように、あっけなく命を落としていく――。不老不死の切符を持ちながらそれを使う前に力尽きてしまう姿は、なんとも人間くさい皮肉にも感じられる。