農作物を荒らすエミューに、オーストラリア軍は負けた
国が本気を出せば、たいていの問題は解決する。ましてや正規軍が機関銃を持ち出せば、勝てない相手などいないはずだ。ところが1932年、オーストラリアでは国家の軍隊が本物の機関銃を携えて出撃したにもかかわらず、野生の鳥を相手に、あっさり敗走に追い込まれるという珍事が起きている。
舞台は西オーストラリア州の小麦地帯。世界恐慌のさなかで小麦の価格は低迷し、干ばつにも苦しめられていたところへ、繁殖期を終えたエミューの大群が水と餌を求めて内陸から押し寄せ、丹精込めて育てた畑を次々に踏み荒らしていった。エミューは時速50キロ近くで走れるうえ、群れの中に見張り役までいるとも言われ、農家の手には負えない相手だった。困り果てた農家たちは国防省に泣きついた。求めたのは、害獣駆除のための機関銃部隊の派遣だった。
要請を受けた政府は、王立オーストラリア砲兵隊のメレディス少佐率いる部隊を現地へ派遣する。装備は複数の機関銃と大量の実包。相手はしょせん鳥だ、数日で片がつく――誰もがそう楽観視していたはずだ。国内では新聞も「これは訓練にちょうどいい」と面白半分に報じていたという。
ところが現実はまるで違った。エミューは想像以上に俊敏で統率がとれており、群れは機関銃の射線をかいくぐるように小さな集団に散開してしまう。追い詰めたはずの水飲み場での待ち伏せでさえ、いざ引き金を引こうとした矢先に機関銃の故障が相次ぎ、撃てなくなる始末だった。しびれを切らした部隊は機関銃をトラックに積んで追跡も試みたが、荒野を全速力で走るエミューにトラックはまるで追いつけず、揺れる荷台の上ではまともに狙いを定めることすらできなかったという。作戦開始からわずか3日間で仕留められたエミューはたったの12羽。しかもその頃には銃が使い物にならなくなっており、残りの群れは弾の届かないところへ悠々と逃げ切ってしまった。
軍が鳥相手に苦戦しているという事態は当然ながら議会でも取り沙汰され、メレディス少佐は作戦の顛末を報告する羽目になった。ある研究者は、これほど機関銃をかいくぐったのだから、エミュー側にこそ勲章を贈るべきだと皮肉ったという。世間からの失笑と批判を浴びるなか、作戦は実質的な敗北のまま撤収に追い込まれた。皮肉なことに、結局エミューの害を実際に減らしたのは軍隊ではなく、後に導入された「持ち込んだ嘴の数に応じて報奨金を払う」という地道な制度だったという。
このとき少佐が議会に残した証言が面白い。彼はエミューの俊敏さについて、まるで戦車のように機関銃をものともせず突破していく、と表現したのだ。国家の正規軍が、鳥相手の戦いにおいて「敵は戦車並みだ」と大真面目に報告書へ書き残す――エミュー戦争が単なる笑い話ではなく、歴史に残る珍事件として語り継がれる所以である。