お酒で体がポカポカ、実は体温を下げているサインだった
寒い日に一杯やると体の芯からポカポカしてくる——忘年会の帰り道や雪山の休憩所で誰もが一度は口にする定番の実感だ。顔が赤くなり、指先まで熱を感じ、まるで体温計の目盛りが上がったかのような感覚に包まれる。赤らんだ顔は体が芯から熱くなっている証拠だと、多くの人が信じて疑わない。だから「冷えたら酒を飲んで温まればいい」という発想は、昔からごく自然な生活の知恵として語られてきた。
ところが、この「温まった」という感覚は体温上昇のサインではない。実際に起きているのは血管の拡張であり、皮膚表面に温かい血液が大量に流れ込むことで肌が火照り、脳が「温かい」と錯覚しているだけなのだ。むしろこの拡張のせいで、体の内部、つまり深部の体温はじわじわと下がっていく。感覚と実態がまるで逆を向いている、という点がこの話の面白さだ。
仕組みはこうだ。アルコールには末梢血管を広げる作用があり、皮膚への血流量を増やす。血液は体の中心部で作られた熱を運んでいるため、これが皮膚表面に集まるほど、外気との熱交換が起きやすくなる。つまり体は自ら「放熱モード」に切り替わってしまう。この現象は実験でも裏付けられている。人にアルコールを摂取させた研究では、飲酒後10分ほどで皮膚の血流量と胸部の発汗量が、飲まなかった対照群に比べて有意に増加した。同じ条件でアルコールを摂らなかった対照群では、体温に大きな変化は見られなかったという。そして発汗が始まってから20分後には深部体温が下がり始めたという結果が報告されている。汗をかく様子は一見「体が熱いから」に見えるが、実際は体が必死に熱を逃がそうとしている証拠なのである。
さらに別の研究では、アルコールが引き起こすこの反応を、単なる血管拡張にとどまらず「体温調節の基準そのものを下げてしまう」現象として説明している。体温そのものを測る体内のセンサーが、目標値を一段階低く再設定してしまうようなイメージだ。発汗や末梢血管の拡張に加えて、涼しい環境を好むようになるという行動面の変化まで確認されており、体はまるで「今より低い体温を目指せ」という指令を受けたかのように振る舞う。つまり寒い部屋で飲むお酒は、感覚のうえでは体を温めているように思えて、生理学的にはむしろ体を冷やす方向に働いていることになる。ポカポカした実感の正体は、体温の上昇ではなく、体温を外に逃がしている最中のサインだったというわけだ。
この仕組みは寒冷地ではときに命に関わる話にもなる。雪山や真冬の屋外で「体を温めよう」と酒を口にすると、実際には皮膚からの放熱がさらに加速し、深部体温はより下がりやすくなってしまう。登山や遭難救助の現場で、低体温症になった人にアルコールを与えてはいけないとされているのは、まさにこの「温まった感覚」と「実際の体温」のギャップが原因だ。ポカポカする実感を頼りに震えを我慢してしまうと、気づかないうちに危険な領域まで体温が下がっていることもあるのである。
出典
独立した出典 3件- List of common misconceptions about science, technology, and mathematics #5en.wikipedia.org
- 一次Effects of alcohol on thermoregulation during mild heat exposure in humans - PubMedpubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- 一次Induction of a Prolonged Hypothermic State by Drug-induced Reduction in the Thermoregulatory Set-Point - PMC (NIH)pmc.ncbi.nlm.nih.gov