フィンランドの罰金は年収に比例する——重役のスピード違反が1,000万円超になった日
もしあなたが年収数千万円のビジネスパーソンで、スピード違反の罰金がその日の食事代程度で済むとしたら、罰金は本当に「罰」として機能するでしょうか。フィンランドはこの問いに、独自の制度で答えを出しています。
フィンランドの罰金制度は「日数罰金(day-fine)」と呼ばれる仕組みで、罰金額を一律の定額ではなく、違反者の収入に比例して決定します。具体的には、月々の平均所得から税金や社会保険料、月額255ユーロの基本生活控除を差し引いた「1日あたりの可処分所得」の半分を基準額とし、これに違反の重さに応じた「日数」を掛け合わせて罰金総額を算出します。扶養家族がいれば1人につき3ユーロ減額されるなど細かな調整も入り、最小では1日分・最低6ユーロから、最大では複数の違反が重なった場合に240日分まで日数が積み上がる設計になっています。つまり同じ違反内容でも、低所得者と高所得者では罰金の絶対額が桁違いになる仕組みです。
この制度が最もインパクトを持って報じられるのが、高額所得者による違反のケースです。2001年10月、携帯電話大手ノキアの重役アンシ・バンヨキ氏がヘルシンキ市内で、制限速度50km/hの道路をバイクで75km/hで走行し、フィンランド史上最高額となる116,000ユーロ(日本円で当時1,000万円超)の罰金を科されました。もっともこの一件には続きがあり、2002年2月の控訴審では前年に彼の所得が大きく落ち込んでいた事情が考慮され、罰金額は35,000マルッカ(当時のレートで約5,900ユーロ相当)まで大幅に減額されています。所得比例の制度ゆえに、罰金額そのものが本人の懐事情の変化をそのまま映し出した形です。ほかにも2009年には、あるビジネスマンが制限速度60km/hの区間を82km/hで走行し約112,000ユーロの罰金を科された記録が残っており、2019年には制限速度80km/hの道路を112km/hで走った企業幹部に約74,000ユーロの罰金が科されるなど、「一度のスピード違反が住宅の頭金に匹敵する」という事例は繰り返し起きています。日本の交通反則金のような定額制に慣れた感覚からすると、桁が信じられないレベルまで跳ね上がります。
この仕組みの狙いは単純です。定額制の罰金では、富裕層にとって「痛くも痒くもない」金額になりがちで、抑止力として機能しません。フィンランドの制度は、罰金という「痛み」の大きさを所得の多寡にかかわらず同じ水準にそろえることで、法の下の実質的な公平性を制度として作り込もうとした試みだといえます。金額の平等ではなく「痛みの平等」を目指した設計思想が、罰金という地味な制度の背後に隠れているわけです。
この制度のもう一つの特徴は、計算の根拠となる所得情報が税務当局のデータと直結している点です。警察官が違反者の氏名を照会すると、直近の課税所得のデータから即座に日数罰金の基準額が算出される仕組みになっており、違反者本人が申告した金額をその場で信じるような性善説には頼っていません。高所得者が「実は収入が少ない」と偽って罰金を軽く済まそうとする余地を、制度設計の段階であらかじめ塞いでいるわけです。
この日数罰金制度は交通違反に限らず、フィンランドの刑法における罰金刑全般に広く適用される基本的な仕組みで、北欧の他の国々(スウェーデンやデンマークなど)でも同様の収入比例型の罰金制度が採用されています。北欧に共通する「格差の実質的な是正」への強いこだわりが、こんな身近な罰則の設計思想にまで表れているのは興味深い点です。