「絶対に勝てる回」だけを狙って宝くじを14回当てた経済学者
宝くじは「当たるも八卦当たらぬも八卦」、買う人の大半は運試しのつもりで一枚の紙切れを握りしめる。誕生日の数字や、なんとなく縁起のいい語呂合わせで番号を選ぶ人はいても、当せん確率を計算してから挑む人などまずいない。それもそのはず、当せん確率は数百万分の一とも言われ、勝率を計算してから挑むという発想自体、どこか滑稽にすら思える。
ところがルーマニア出身の経済学者スティーヴン・マンデルは、この常識を真っ向から否定してみせた。彼が宝くじに挑んだ動機は運でも直感でもなく、ただの算数だった。狙いは単純明快。「当せん金が、考えられる全ての番号の組み合わせを買い占める費用の3倍を超える回」だけを選ぶ。3倍という基準は伊達ではない。税金や当せん金の分配、そして買い占めにかかる諸経費を差し引いてもなお利益が残るよう、あらかじめ十分な安全マージンを見込んだ数字なのだ。つまり、投資額の3倍以上のリターンが数学的にほぼ確定している勝負にしか手を出さなかったのである。当然のように勝ち続け、生涯で実に14回も宝くじを当てている。
とはいえ「全組み合わせを買い占める」と口で言うのは簡単でも、実行するのは並大抵ではない。ある宝くじで考えられる番号を網羅しようとすれば、必要なチケットは数百万枚単位に達することもある。一枚ずつ窓口で購入していては当せん番号の発表に間に合わないし、そもそも個人の資金力で賄える金額でもない。そこでマンデルは世界中の投資家に声をかけて資金を集め、シンジケート(投資家団体)を組織した。集めた資金をもとに印刷業者と提携してチケットを大量に発行させ、複数の販売網を総動員して短期間で番号を埋め尽くすという、まさに物量作戦を現実に実行に移したのである。一人あたりの負担額は小さくても、束ねれば莫大な資金力になるという、投資の世界ではごくありふれた発想を宝くじに持ち込んだとも言える。
このやり方は各地の宝くじ当局にとって悪夢だった。1992年にはアメリカ・バージニア州のロト宝くじで、マンデルが率いる投資家団体「インターナショナル・ロト・ファンド」が全組み合わせを買い占めて当せんし、州当局が制度の抜け穴をふさごうと大慌てする騒動に発展した。あまりの規模の大きさにFBIやCIAまでもが内偵に乗り出したとも伝えられるが、結末はいつも同じだった。マンデルの手口はどこまでも公開されたルールの範囲内で行われており、違法性を示す証拠は最後まで一切見つからなかったのである。
つまりこの話の核心は、裏をかいた不正行為ではなく、宝くじという「確率のゲーム」を丹念に数式へ分解し、勝てるとわかっている回だけを選び抜いた徹底ぶりにある。負ける可能性がわずかでもある勝負には、そもそも参加しない――ギャンブルの世界において、これほど地味でありながら、これほど強力な戦略も珍しいだろう。多くの人が一攫千金の夢を見て一枚だけ買う中、マンデルは夢を見る代わりに電卓を叩いていたのである。
マンデルの買い占め戦略には「組合せ的凝縮」と呼ばれる数学的な工夫も組み込まれていたとされる。全組み合わせのチケットを愚直に一枚ずつ揃えるのではなく、数学的なカバーリング設計を利用することで、実際に印刷し買い集める物理的なチケット枚数そのものを削減する手法だ。買い占めというと資金力に物を言わせた力業に見えるが、その裏側には緻密な組合せ数学がしっかりと張り巡らされていたことになる。