全国民の年収が丸見えになる「嫉妬の日」がフィンランドにある
「年収はいくら?」——これは、多くの国で聞いてはいけない質問の代表格だ。給料の話はきわめて個人的な領域とされ、同僚同士はもちろん、親しい友人にすら口にしない社会は少なくない。日本でも、他人の年収をずばり尋ねるのはマナー違反とされることが多い。
ところがフィンランドでは、毎年決まった日になると、この“タブー”が国全体で一斉に消し飛ぶ。国民全員の課税所得が公開され、誰でもその気になれば、税務署の端末などで他人の年収を調べられる日があるのだ。地元メディアはこの日を皮肉交じりに「National Jealousy Day(嫉妬の日)」と呼ぶ。
かつてはこの公開日が毎年11月1日、時刻は午前8時ちょうどと決まっており、税務当局の本庁舎前には公開の2時間近く前、午前6時過ぎからすでに新聞記者たちの行列ができるのが恒例だった。目的はただひとつ、膨大なデータの山から誰よりも早く「今年もっとも稼いだ人物」や、意外な高額所得者を見つけ出し、記事にすることだ。近年は公開日が年によって前後するようになっており、たとえば2024年分の課税所得は2025年11月12日に公開されている。
さらに興味深いのは、行列を作るのが新聞記者だけではないという点だ。地元当局の窓口には、単に「誰がいくら稼いでいるか気になる」というだけの一般市民までもが早朝から並び、担当者いわく巨大な「鉱脈」のようなデータに誰よりも早くたどり着こうとする。しかも、この公開はフィンランド税務当局が毎年公式に「その年の個人所得税の公開情報は何月何日に公表する」とあらかじめ告知したうえで実施する、れっきとした行政手続きだ。突発的なスキャンダル報道ではなく、役所が淡々と予定を組んで実行する年中行事だからこそ、なおさら国全体を巻き込む一大イベントになっている。
これは決して、単なる覗き見趣味を満たすための年中行事ではない。フィンランドには「透明性の原則」と呼ばれる情報公開の伝統があり、個人の税務情報の公開もその法制度上の一環として明確に位置づけられている。狙いは、賃金格差の実態を国民全体の目に晒すこと、そして申告額と実際の生活水準がどう見ても釣り合わない「怪しい高所得」を白日の下に晒し、不正な所得隠しを牽制することにある。給料が不透明であるほど、立場や性別による格差や税逃れは温存されやすい——フィンランドはその逆を行き、「見られているかもしれない」という感覚そのものを、社会を正す力として制度に組み込んでいるのである。
こうして、給料はプライベートな領域という感覚は、フィンランドでは年に一度きれいに覆る。その反転を支えているのは、隠すことではなく晒すことこそが公正さを保つという、逆説的な発想なのだ。
この公開対象になるのは大人だけではない。フィンランドの法律は「その年に課税決定を受けたすべての人」の情報を公開すると定めている。つまり、アルバイトでいくらか収入を得ただけの10代の学生であっても、その所得は同じデータベースに載り、誰でも検索できる状態になる。年に一度、国全体の家計簿がまるごと開かれるような、なんとも大胆な制度なのだ。