配信: 2026-08-20 18:00(JST)
夕刊
文化第97号

「寝ている間にループ再生して」――無音アルバムが本当にツアー資金を稼いでしまった

チナミニチンチラが読み上げます(4分25秒)

音楽ストリーミングは、聴かれた回数がそのまま収入になる仕組みだ。曲が良くて再生数が伸びれば、アーティストの懐も潤う――というのが一般的な理解だろう。1再生あたりの取り分はごくわずかとされ、まとまった収入を得るには途方もない再生回数が必要というのが業界の常識でもある。逆に言えば、誰も真剣に聴かないような曲、まして「無音」の曲で、しかもリスナーが再生ボタンにすら触れていない状態でお金を稼ぐことなど、常識的にはあり得ない話に思える。

ところが2014年、アメリカのファンクバンド、ヴルフペックはその常識を真正面から覆した。彼らがSpotifyでリリースしたアルバム『Sleepify』は、全曲が完全な無音トラックで構成されていた。しかもバンドは冗談めかしてではなく大真面目に、ファンへこう呼びかけた。「寝ている間、これをループ再生してほしい」と。

一見するとただのジョークやパフォーマンスアートのようだが、実際にはかなり計算された仕組みだった。当時のSpotifyは、1回の再生が30秒以上続けば1ストリームとしてカウントされ、アーティストに再生ロイヤリティが支払われる方式を採っていた。Sleepifyの各トラックはこの30秒という基準ぎりぎりの長さに調整されており、ファンが眠っている間ずっとループ再生していれば、ひと晩でいくつものストリーム数が自動的に積み上がる計算になる。誰も「聴いて」はいないのに、再生回数だけがどんどん記録されていくというわけだ。米タイム誌はこの仕組みを「システムを出し抜いた」と表現しており、ヴルフペックが偶然ではなく意図的にロイヤリティ制度の穴を突いたことをうかがわせる。通常であれば数百万回規模の再生数を積み重ねなければ届かないはずの金額を、ヴルフペックはわずか数週間で、しかもリスナーが実際に耳を傾けていない状態のまま稼ぎ出してしまったことになる。制度の抜け穴を見つけたというより、制度そのものをジョークの道具として逆手に取ったといえるだろう。「聴かれることのない音楽」がこれほど堂々と現金化された例は、音楽ビジネス史でもそうそうないはずだ。

この呼びかけに応じたファンは想像以上に多かった。ローリングストーン誌が2014年3月末に報じた時点で、Sleepifyはすでに約12万回ストリーミングされており、その後も再生数は伸び続けた。最終的にヴルフペックが得た収入は2万ドルを超えたと伝えられている。バンドはこの資金を、入場無料のライブツアーの開催費用に充てると事前に公言しており、実際にそのツアーを本当に開催してしまった。全国を回るインディーバンドにとって、2万ドルはガソリン代や会場費をまかなうのに十分すぎるほどの遠征資金だ。無音のアルバムが、現実のコンサート会場を満員にする原資になったのである。

ちなみに、

この企画が大きな話題を呼んで間もなく、Spotifyは『Sleepify』を「規約違反」と判断し配信を停止している。無音トラックによる意図的なストリーム稼ぎは、同社の利用規約に反する行為とみなされたためだ。だが皮肉なことに、配信停止までの数週間で、ヴルフペックはすでにツアーに必要な資金をほぼ回収し終えていた。プラットフォームの穴を突いた悪ふざけは、削除される前にきっちり目的を達成していたことになる。皮肉と計算とユーモアが同居した、音楽ストリーミング史に残る珍事件だったといえるだろう。

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