配信: 2026-08-23 18:00(JST)
夕刊
文化第103号

サルの撮った写真が、「動物に著作権はあるか」の大論争を巻き起こした

チナミニチンチラが読み上げます(4分18秒)

「写真の著作権は、シャッターを切った人のもの」——これは疑いようのない常識のはずだった。ところが2011年、インドネシアの森でこの前提を根底から崩す一枚が生まれる。

イギリスの自然写真家デイヴィッド・スレイターが野生のクロザルを撮ろうとカメラを三脚に据えて放置していたところ、当のサルがカメラに興味を示し、自らボタンを押して満面の笑みのような表情の自撮り写真を撮ってしまったのだ。この写真は後にウィキメディア・コモンズへアップロードされ、2014年半ばに世界中で話題となった。

話題になった理由は「サルが自撮りをした」という愛らしさだけではない。この写真がインターネット上で無断で拡散されたことに対し、スレイターが著作権侵害だとして削除を要求したところ、ウィキメディア財団がそれを拒否したことで、法的な大問題に発展したのである。財団の主張はシンプルだった。「著作権は人間以外の作者には発生しない」。つまり、シャッターを押したのがサル自身である以上、この写真には誰の著作権も発生しておらず、パブリックドメインの状態にあるというのだ。これは、写真という表現が誕生して以来、誰も真剣に答えを用意していなかった問いだった。

スレイターにしてみれば、機材を用意し、現地まで足を運び、サルが撮影しやすい状況を作ったのは自分だという言い分があった。長年かけて信頼関係を築いた末にようやく撮れたシャッターチャンスだという主張である。しかし「著作権を持つには人間が創作した」という一点が譲れない条件になる。実際、アメリカ著作権局もこの騒動を受けて公式見解を示し、著作権局が登録を認めるのは「人間によって創作された独創的な著作物」のみであり、「自然、動物、植物によって単独で生み出された作品」は登録の対象外だと明言した。著作権局の実務指針でも、「著作者性」という言葉自体が「作品がその起源を人間に負っていること」を意味すると定義されている。つまり法律の作り手たちは、そもそも「人間以外が著作物を生み出す」事態など想定していなかったということが、この一件であらためて浮き彫りになった。機材への投資や現地までの労力がどれほど大きくても、法律上はまったく評価の対象にならないのである。

これは単なる珍事件では済まない射程を持つ。撮影機材を用意した人間の労力や投資は評価されず、あくまで「シャッターを押す意思決定をしたのは誰か」という一点だけが法的な分岐点になる——この論理は、後の時代にAIが生成した文章や画像の著作権を巡る議論にもそのまま重なってくる。「人間が指示や設定を与えただけで、実際に手を動かして生み出したのは人間ではない」という構図は、サルのケースと本質的に同じ問いを含んでいるからだ。誰が創作の主体なのかという線引きは、テクノロジーが進むたびに繰り返し問われ続けている。

ちなみに、

この結論により、スレイターがどれだけ手間と費用をかけていても写真の権利は認められず、この自撮り写真は今もパブリックドメインのまま置かれている。つまり理屈のうえでは、世界中の誰もがこの写真を無断で印刷したり販売したりしても、法的には問題がないということになる。

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