テレビの向こう側にあるGoogle Homeに語りかけたバーガーキングのCMが、炎上した理由
テレビCMというのは基本的に「人間に見せて人間の記憶に残す」ものだ。ところが2017年、バーガーキングが放ったCMは違った。狙っていた視聴者は人間ではなく、リビングに置かれたGoogle Homeだった。
CMの内容はシンプルだ。俳優が画面の中で「OK Google、ワッパーバーガーって何?」と発する。たったこれだけの15秒。ところがこの一言が音声トリガーとなり、放送を見ている全国の視聴者宅で、Google Homeが勝手に反応してしまう。スピーカーはCMの続きを喋るのではなく、Wikipediaの「ワッパー」記事をそのまま音声合成で読み上げ始めるのだ。テレビの向こうのAIを乗っ取り、15秒分の広告料金のみで、放送時間もCM枠の予算も超えて商品説明をさせてしまう。広告としては驚くほど頭のいい仕掛けだった。
ところがこの賢さが、そのまま自分の首を絞めることになる。Wikipediaは誰でも編集できる百科事典だ。CMの狙いに気づいたネットユーザーたちは放送開始からわずか数時間で記事に殺到し、材料欄を書き換え始めた。改変後の一文はこうだ。「スライスしたトマト、玉ねぎ、レタス、シアン化物、ピクルス、ケチャップ、マヨネーズを挟んだセサミバンズ」。シアン化物、つまり毒物が追加されていたのだ。つまりGoogle Homeが読み上げる可能性のある文言として、「ワッパーには猛毒が入っています」という一文がリビングに流れかねない状況が生まれてしまった。
いたずらはそれだけでは終わらない。放送前にバーガーキングの関係者とみられるアカウントが、販促目的でこっそりワッパーの記事内容を書き換えていたことが判明し、それに気づいたネットユーザーたちの間で編集合戦が勃発。悪ふざけの投稿はどんどんエスカレートしていく。荒らしの一人はパティの説明を「100%ネズミの肉と爪の削りかすでできている」と書き換え、他の版では材料の一部を「中くらいの大きさの子供」に差し替える投稿まで現れた。Google Homeがそのうちどの版を拾って読み上げるかは誰にも制御できない。タイミング次第ではリビングのGoogle Homeが、ワッパーについてとんでもない説明を読み上げかねない状況になったのである。事態を察知したバーガーキングは、放送開始から1日も経たないうちにCMを取り下げる決断を下した。最新技術を利用して15秒の壁を超えようとした企業は、最後には「誰でも編集できる」というWikipediaのもっとも基本的な仕組みに足をすくわれたのである。
この件におけるGoogleやWikipedia側の対応も迅速なものだった。GoogleはCMの公開から3時間足らずで対策を実施し、バーガーキングのCMから流れる音声にGoogle Homeは反応しなくなった。音声の特徴を識別し、広告からの命令だけを拒否するようにしたとみられている。Wikipediaではワッパーの記事が以前の状態へ戻され、編集できる利用者も制限された。こうして、スマートスピーカーを広告媒体として利用する試みは、各企業の対策とWikipedia利用者のいたずらによって短時間で機能しなくなった。ただし、キャンペーンが完全な失敗だったとも言い切れない。CMそのものが世界中で報道され、ワッパーの名前は15秒をはるかに超えて語られたからだ。商品説明は思いどおりにならなかったが、人々の注目を集めるという広告本来の目的は、皮肉にも十分すぎるほど達成された。