配信: 2026-08-26 18:00(JST)
夕刊
文化第109号

アイスランドの電話帳、「姓」ではなく「名前」順に並ぶ理由

チナミニチンチラが読み上げます(4分4秒)

世界中どこの電話帳や名簿でも、人を探すときはまず「苗字」から辿るのが常識だ。日本なら五十音順、欧米ならアルファベットのラストネーム順——姓は家系をひとまとめにする単位であり、名簿整理の基本ルールのはずだった。

ところがアイスランドの電話帳は違う。掲載順は姓ではなく、下の名前のアルファベット順。知人の家族の番号を調べたいとき苗字で引くことはできないし、たとえ相手が初代首相のような著名人であっても、姓を手がかりに検索しても見つからない可能性が高い。頼れるのは「下の名前」だけという電話帳が、実在する。

この裏には、アイスランドが今も守り続ける命名の仕組みがある。アイスランドには日本や欧米の多くの国にあるような「代々受け継がれる家族の姓」がほとんど存在しない。子どもの「姓」にあたる部分は、親(伝統的には父親、近年は母親でも可)の下の名前に「〜の息子」「〜の娘」を足して、世代ごとに新しく作り直される。父がヨウンなら息子は「ヨウンソン(ヨウンの息子)」、娘は「ヨウンスドッティル(ヨウンの娘)」。そしてこの息子自身の子どもは、また別の「〜ソン」「〜ドッティル」を名乗ることになり、親子であっても、また兄と妹であっても同じ姓を共有しないことすらある。家系として一つの姓が代々受け継がれていくことは、原則として起こらない。

この仕組みは結婚後の姓にも影響する。もともと姓が「誰それの子」という一代限りの記号でしかないため、結婚して相手の家の姓を名乗るという発想自体が成立しない。夫婦は互いに元の姓のまま生活し、子どもはあくまで父か母の下の名前から新しく姓を作る。ヨーロッパでは家族単位で一つの姓を継いでいく制度が主流なので、この点でアイスランドは今なお異色の存在であり続けている。

つまり「ヨウンソン」や「シグルズソン」といった姓は、血のつながった一族の印ではなく、「ある世代の、ある父(母)の息子・娘である」という一時的な関係を示す記号にすぎない。人口40万人ほどの小さな国でも、ありふれた父の名前から作られる姓は数千人単位で重複してしまい、姓というグループ分けは他人と本人を見分ける役に立たない。だからこそ電話帳は名前順に組み替えられ、公人であっても探す側が「姓」という手がかりを最初から捨てる前提の社会が成立している。実際、アイスランドでは大統領や首相であっても、日常会話やニュースの見出しですら下の名前だけで呼ばれることが珍しくない。姓が「その人固有の家名」ではない以上、個人を指し示す言葉として機能するのは、最初から下の名前しかないのだ。

ちなみに、

この「名前ファースト」の徹底ぶりは電話帳だけにとどまらない。図書館の蔵書・貸出管理のシステムまでもが、姓ではなく名前のアルファベット順で整理されている。あらゆる公的な名簿が姓ではなく個人の下の名前を軸に設計されているのが、アイスランド流のようだ。

この話、知ってた?
チナミニ毎朝 7:00
ちなみに、ハチミツは腐りません。数千年前のハチミツも、まだ食べられ……
毎朝7時と毎晩18時、
今日のちなみには、アプリで。
通知を受け取れば、開かなくても
ひとつ賢くなれます。
App Store でダウンロード