かつてアメリカでは赤ちゃんを郵便で送れた
郵便というものは、手紙や荷物を届けるための仕組みであって、生き物を運ぶためのものではない——現代の私たちはそう考えている。ましてや赤ちゃんを郵便局の窓口に差し出して発送しようなどとは、誰も思いつかないはずだ。
ところが20世紀初頭のアメリカでは、実際に赤ちゃんが「郵便小包」として送られていた。1913年1月、アメリカでは新たに小包郵便制度が始まり、それまで手紙や書類が中心だった郵便で、重量制限の範囲内なら様々な荷物を安く送れるようになった。始まったばかりの制度は規定が粗く、何を送ってよいかの線引きがあいまいだった。しかも当時のアメリカは農村地帯まで配達網が張り巡らされたばかりの時期で、鉄道の切符より、郵便配達のほうが手軽で安上がりという発想が生まれる余地があった。その隙間に、まるで抜け穴のように「子どもの郵送」が入り込んでしまう。
最初期の記録に残る事例が、生後間もない男児「ベイビー・ジェームズ」だ。彼は小包郵便の重量制限である11ポンド(約5キロ)をわずかに下回っていたことから、正式な小包として発送されたと伝えられている。送料はわずか15セント、ただし万一に備えて50ドルの保険がかけられていたという。オハイオ州グレン・エステでも似た例が記録されている。ボージ夫妻の息子は、約1.6キロ離れた祖母の家まで、地元の集配人ヴァーノン・リトルの手によって届けられた。料金は同じく15セントの切手、保険金額も50ドルだった。赤ちゃんを抱いて配達する郵便配達員というのどかな光景が、当時は実際に存在したのだ。田舎町では配達員が顔なじみの隣人であることも多く、親たちにとっては近所付き合いの延長で「信頼できる知り合いに子どもを託す」感覚に近かったのかもしれない。
こうした「子ども郵送」は一件や二件の珍事にとどまらない。1913年から1920年までの間に、記録に残るだけで少なくとも31件が確認されている。多くは近所や親戚の家までという近距離の話で、正規の郵便配達員が運ぶ形で行われた。それでも7年近くにわたって黙認され続けたという事実は、当時の郵便局がどれほど現場任せの運用をしていたかを物語っている。今の感覚では信じがたいが、記録として新聞にも取り上げられるほど、当時としては一応「知る人ぞ知る」慣行だったようだ。
この慣行に正式な終止符が打たれたのは1920年のことだ。郵政省の担当者ジョン・C・クーンズは、子どもを郵送物として扱いたいという2件の申請を却下した際、その理由を「子どもは"食料や水を必要としない無害な生きた動物"には分類できないから」と説明している。裏を返せば、当時の郵便規定には「無害な生きた動物」なら郵送してよいという条項が存在していたということだ。まさかの棄却理由の中に、赤ちゃん以上に奇妙な一文が隠れていた話である。