配信: 2026-08-28 18:00(JST)
夕刊
歴史第113号

郵便局の規定の抜け穴を全部試した男、最後は自分自身を「手紙」として郵送した

チナミニチンチラが読み上げます(4分21秒)

郵便で何かを送るときは、封筒か箱に入れて窓口に持っていくもの——これは疑いようのない常識のはずだ。ところが19世紀末のイギリスに、その常識をとことん試した会計士がいた。レジナルド・ブレイという名のロンドン近郊在住の男性である。

彼はある日、郵便局が発行しているガイドブックを隅々まで読み込んだ。そこに書かれていた規定を見て、ブレイは仰天する。送れる最小のものは「蜂」、最大のものは「象」とされていたのだ。つまり、包装や容器に関する規定さえ満たせば、生き物であろうと奇妙な形のものであろうと、宛名と切手さえ貼れば郵便物として扱われる余地がある——ブレイはそう解釈した。会計士という職業柄、細かい規約を読み込むことに抵抗がなかったブレイにとって、これは見過ごせない発見だった。

以降、彼は規定の抜け穴を実地で検証する趣味に没頭する。カブに直接切手を貼って郵送し、自転車の空気入れを裸のまま郵便網に乗せ、飼い犬にも切手を貼って送った。梱包せずに剥き出しのまま送るのが彼のこだわりで、郵便配達人たちは奇妙な荷物を運ぶたびに首をかしげたに違いない。規定のどこにも「カブは送れない」「犬は送れない」とは書かれていないのだから、窓口の職員には受け取りを拒む正当な理由がなかった。ブレイはそうした条文の隙間を一つひとつ見つけては、実際にそれを送りつけて反応を確かめていった。

そして彼の試みは、ついに自分自身へと向かう。1900年、ブレイは自らの体に切手を貼り、通常郵便として自分を郵送した。差出人であり、荷物であり、受取人でもあるという奇妙な三重の立場である。実際には、彼の体をそのまま郵袋に詰めたわけではなく、郵便局員が付き添って宛先まで案内し、届け先で本人が「配達完了」として扱われる、という運用だったと思われる。それでも制度上は正式な郵便物としての手続きを踏んでおり、1903年には、今度はより厳格な書留郵便として自分を再び郵送した。さらに30年近く経った1932年、還暦を過ぎた彼は宣伝目的の再現企画として三度目の「自己配達」に挑み、これによって「ヒューマン・レター」の異名を確立した。

ただの悪ふざけに見えるこの行為は、実は当時のイギリス郵便制度の柔軟さと、それを逆手に取る好奇心が生んだ社会実験でもあった。郵便規定は「送れないもの」を細かく列挙する形で書かれており、逆に言えば列挙されていないものは基本的に送れる、という抜け穴がそこかしこに存在した。ブレイはその抜け穴を几帳面に一つずつ潰していった、いわば規約ハッカーの元祖だったのである。

ちなみに、

ブレイのもう一つの顔は「世界屈指のサイン収集家」だった。有名人宛にハガキや変わった品を送りつけては返信を求めるという、同じ「送りつけ癖」から派生した趣味を生涯続け、その結果として集まった著名人のサインコレクションは世界最大級と評されるまでになった。郵便の抜け穴探しも、サイン集めも、根っこにあったのは同じ「試してみたい」という衝動だったのかもしれない。

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