配信: 2026-09-02 07:01(JST)
朝刊
生き物第122号

カバの巨体は、ときどき血のように赤く滲む

チナミニチンチラが読み上げます(3分54秒)

灰色の巨体と大きな口を持つカバ。高い知名度を誇るこの動物だが、時々全身がじわりと赤く滲むのをご存知だろうか。傷でも日焼けでもない。皮膚のあちこちから、まるで血のような赤い液体がにじみ出てくるのだ。この現象、英語圏では文字通り「blood sweat(血の汗)」と呼ばれてきた。

ところが、この液体は血でも汗でもない。カバには汗を作る汗腺がなく、代わりに皮膚のずっと深いところにある大きな腺が、肉眼で見えるほどの穴からこの謎の液体を押し出している。ケンブリッジ大学のカバ研究者キース・エルトリンガムは、この液体が汗のように体温調節のために分泌されている、という見方に懐疑的だ——暑くなったカバは、汗をかくまでもなくのっそり水に入ってしまうからである。そしてこの液体、出た瞬間は無色透明。それが数分のうちに赤みを帯びたオレンジ色に変わり、やがて時間をかけて褐色へと落ち着いていく。カバは無色の液体を出したあと、自分の皮膚の上で色をつけているのだ。何から何まで汗でも血でもない、不思議な液体である。

この液体の正体を突き止めたのは日本の研究チームだった。京都薬科大学の橋本紀美子と、慶應義塾大学の才川陽子らが、2004年のネイチャーに報告している。赤い色素はヒポスドール酸、オレンジの色素はノルヒポスドール酸と命名された。どちらも強い酸性の化合物で、カバの英名ヒポポタマスが由来である。上野動物園の飼育員が、カバの皮膚をガーゼで拭き取って採取したものを研究に活用したとのことだ。

肝心の働きはこうだ。この分泌液は紫外線の一部を遮り、さらに微生物の増殖を抑えることが実験で確かめられた。日焼け止めと消毒薬を、自前で、しかも常時生み出していることになる。

なぜそのような体液が必要になるのか。諸説あるが、カバの獰猛さに原因があるのではと推察される。オスのカバは縄張りをめぐって激しく争う。武器は大きな犬歯で、長いものは51センチに達する。そのぶん負う傷も多く、しかも泥だらけの水に浸かって暮らしているのに、あの赤い分泌液のおかげでカバの傷は化膿しない。また、分泌液は粘液の層となって皮膚を覆い、日焼けを防ぐと同時に乾燥も防ぐ。カバの皮膚は一日の大半を濡らしておく必要があり、陸に長くいると脱水を起こすほど渇きに弱い。そんなカバにとって、あの赤い分泌液は必需品なのである。

ちなみに、

カバは泳げない。浮くことすらできない。体の密度が高すぎて水に浮かばないので、川底を蹴ったり、わずかに水かきのあるつま先で底に触れながら歩いたりして移動している。水中でくつろぐあの巨体は、泳いでいるのではなく、沈んだまま散歩しているのだ。

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