独占の恐ろしさを教えるためのゲームが、独占を目指す有名なゲームになった
「モノポリー」というと、サイコロを振って土地を買い占め、ライバルを破産に追い込んで勝つゲームだ、というイメージが定着している。実際、世界中で最も遊ばれてきたボードゲームのひとつとされ、「独占(モノポリー)」という名前そのものが、勝利条件を直接言い表している。多くの人にとってはこれこそが、疑う余地のない「モノポリーらしさ」だろう。
ところがこのゲームの原型は、独占を目指すためではなく、独占の恐ろしさを体感させるために作られたものだった。1903年、アメリカの発明家リジー・マギーは「地主ゲーム(The Landlord's Game)」という盤上ゲームの特許を取得する。マギーが意図していたのは、経済学者リカードが唱えた「経済地代の法則」や、思想家ヘンリー・ジョージが説いたジョージ主義――土地から生まれる利益を独占する地主の存在こそが貧富の差を生む、という考え方――を、遊びながら実感させることだった。ルールの中でプレイヤーは地代を払い続け、土地を持つ者だけが富み、持たざる者がどんどん貧しくなっていく構造を身をもって体験する。マギー自身の言葉を借りれば、目的は「他人を犠牲にして莫大な富を築くことの害悪」を示すことにあった。いわばこのゲームは、「独占という病」への警戒心を植え付けるための予防接種として設計されていたのである。
しかし、遊び手たちが夢中になったのは教訓ではなく、単純に「土地を買い占めて相手を追い詰める」というゲームの面白さそのものだった。地主ゲームは口コミで広がり、ジョージ主義に共感する人々のサークルや家庭内で少しずつルールが改変されながら遊ばれ続けるうちに、マギーが込めた批判的なメッセージは次第に薄れていく。そして最終的にパーカー・ブラザーズ社がこのゲームを「モノポリー」として商品化し、独占を目指して勝利することそのものを目的とするゲームとして世界的な大ヒットとなった。マギーが警告として描いた「独占された世界」の未来図は、皮肉にもゲームの「唯一の目標」へと姿を変えてしまったのだ。当初の意図とは正反対の意味を持つようになった、という逆転劇である。
この経緯が興味深いのは、教育目的で作られたコンテンツが、遊びやすさや面白さという別の力学に飲み込まれ、作り手の思想とは無関係どころか正反対の姿へと再解釈されてしまう点だ。ゲームのルールそのものは変わらなくても、「なぜこの地代を払わされるのか」という怒りを喚起する装置は、遊ぶ側から見れば「いかに相手から地代をむしり取るか」という達成感を生む装置へと反転する。同じ盤面、同じサイコロ、同じカードでありながら、プレイヤーが何に感情移入するかによって、ゲームの意味はまったく別物になってしまう。批判のための道具が、批判対象そのものを楽しむ道具にすり替わるという構造は、風刺やパロディが元ネタの魅力そのものに飲み込まれてしまう現象にもどこか似ている。遊びという体験は、作り手が想定した「学び」よりも強い力で人を動かすことがある、という一例でもあるだろう。
地主ゲームは単に「独占の害悪を伝える警鐘」として作られただけではない。マギーにとってこのゲームは娯楽や警鐘である以上に、当時の経済思想を体を通じて説く一種の教育プログラムとしての機能も意図していたのである。それが百年余りを経て、世界中の家庭で「いかに相手を破産させるか」を競う娯楽として親しまれているのだから、思想というものがどれほど作り手の手を離れて一人歩きしてしまうかを物語るエピソードといえる。