ローラースケートを発明した男、初披露でいきなり大惨事
仮面舞踏会と聞くと、シャンデリアの下で着飾った紳士淑女が優雅にワルツを踊る光景を思い浮かべる人が多いだろう。少なくとも18世紀ロンドンでは、そこは羽根飾りの仮面と絹のドレスがひしめく、社交界随一の見せ場だった。仮面で素顔を隠しながら、誰がいちばん洗練された装いで現れるかを競う場でもある。
ところが1760年代のある夜、その会場に「まだ誰も見たことのない乗り物」を履いた男が現れた。時計職人であり天才機械師、ジョン・ジョセフ・マーリンである。彼は自ら考案したばかりのローラースケートを世に披露しようと、ロンドンのカーライル・ハウスで開かれた仮面舞踏会に、その靴を履いて登場した。しかもただ滑るだけでは物足りなかったのか、五弦に改造したばかりのバイオリンを弾きながら滑り出すという離れ業に挑んだという。車輪の音と自作の楽器の音で、誰よりも目立とうとしていたわけだ。
演奏をしながら車輪付きの靴で滑走する発明家――会場は拍手喝采、のはずだった。だが彼の計算に入っていなかったものが一つあった。正面に据えられていた、当時としては高価な大きな姿見である。演奏に没頭するあまりブレーキも進路変更も間に合わず、マーリンはそのまま鏡へ真正面から突っ込んだ。伝わる逸話によれば、自慢のバイオリンは粉々に砕け、本人も重傷を負ったという。せっかくの新発明のお披露目は、拍手の代わりに悲鳴と割れたガラスの音で幕を閉じたのである。
興味深いのは、これが単なる「不器用な発明家の失敗談」では終わらない点だ。マーリンはローラースケートの発明者として名を残す一方、精密機械の分野では当代随一の腕を持つ職人でもあった。歯車とぜんまいだけで精緻に動く自動人形を組み上げるほどの緻密な技術者が、なぜ「初めて履く乗り物の上でバイオリンを弾く」という、素人目にも無謀な組み合わせをわざわざ選んだのか。ブレーキも方向転換の技術も存在しない時代の車輪付き靴で、しかも両手は演奏でふさがっている。止まる手段はおそらく最初から用意していなかったのだろう。おそらく彼にとって発明とは実用品である以前に見世物であり、社交界の視線を独り占めするための演出だったのだろう。精密さと自己顕示欲がひとりの人間の中に同居していたからこそ、この珍事は起きたとも言える。安全な滑り方を知らなかったのではなく、安全に滑るつもりなど最初からなかったと考えたほうが、この男らしい気がしてくる。二世紀半のちに世界中の若者が履くことになる乗り物は、こうして発明者本人を血まみれにしながらこの世に登場した。
そんな無鉄砲なマーリンは、当時ロンドンの音楽界で人気を博していた作曲家ハイドンとも親しい間柄だったと伝わる。鏡に突っ込む発明家と、後世に名を残す大作曲家が同じ社交界で言葉を交わしていたと思うと、18世紀ロンドンの発明・音楽サロンの世界が案外狭かったことがうかがえる。