豚が絞首刑、ネズミは勝訴?動物が裁判にかけられた話
法律は人間のためのものだ、と誰もが思っている。罪を犯すのは意思を持つ人間であり、動物に「有罪」を言い渡すなど、寓話か風刺の中の話でしかない——普通はそう考える。
ところが中世から近世にかけてのヨーロッパでは、動物が正式な刑事裁判の被告席に立たされていた。しかも略式ではない。人間の被告と同じ手続きで起訴され、弁護士がつき、判事が量刑を言い渡す、れっきとした裁判である。
その象徴的な一件が、1490年代のフランス・アブヴィルで起きた。子供を死なせたとして子豚が裁判にかけられ、有罪判決を受けて後ろ足を縄で吊るされる処刑に処された。現地に残る記録には「子供殺しの罪により、市長と参事たちの判決に従い、後ろ足を引きずられ吊るされた子豚」という趣旨の一文が淡々と記されている。当時、放し飼いの豚が幼児を襲う事故は珍しくなかったが、それを「事故」ではなく「殺人」として裁いた点が現代人の感覚とかけ離れている。動物にも人間と同様の刑事責任を問えるという発想が根を張っていたのだ。
さらに興味深いのは、被告が一匹二匹ではなく群れ丸ごとという裁判も存在したことだ。16世紀、フランス中部オータンの町で、大麦畑を食い荒らしたとして地元のネズミの一団が正式に起訴された。もちろんネズミに出頭命令書は読めない。当然ながら裁判の日、被告席は空席のままだった。
ここで登場するのが、若き弁護士バルテルミー・シャスネーである。彼はネズミ側の弁護人として、驚くべき理屈を法廷に持ち込んだ。まず「被告であるネズミたちは各地に散らばって暮らしており、全員に召喚状が届いたとは言えない」と主張して出頭猶予を勝ち取った。それでも当然ネズミは現れない。すると次にシャスネーは「ネズミたちが法廷に向かうには、街路に出なければならない。だがそこには彼らの宿敵である猫や犬が手ぐすねを引いて待ち構えている。その恐怖の中で出頭を強いるのは酷だ」と訴えた。20世紀初頭に編まれた動物裁判の記録集にも、猫たちが「油断なく見張り、あらゆる曲がり角で待ち伏せしていた」という趣旨の当時の弁論が書き残されている。判事たちはこの理屈にも理を認め、審理を再び延期した。結局、裁判は開廷不能のまま事実上立ち消えとなり、ネズミの群れは実質的に無罪放免を勝ち取ったことになる。
出頭できないことを理由に有罪を回避する——この手法は後に語り継がれ、シャスネーはこの一件をきっかけに名声を高め、後年はフランス屈指の高名な法律家として重用されることになった。命の危険を盾に取るという突飛な弁論が、彼のキャリアの出発点になったわけである。
先ほど紹介したアブヴィルの豚裁判については、記録によって年が食い違っている。英語圏でよく引用される資料は1492年としているが、フランスの法制史資料は1414年の判決文としてほぼ同じ事件を伝えている。どちらが正確かは資料の性質上断定しづらいが、少なくとも「豚が後ろ足を吊るされて処刑された」という一文が、複数の公文書的記録に別々に書き残されているという事実そのものが、動物裁判が単なる伝説ではなく実務として定着していたことを物語っている。