『パンがなければケーキを』、マリー・アントワネットが王妃になる前から存在したセリフだった
「パンがなければケーキを食べればいい」――マリー・アントワネットの傲慢を象徴する台詞として、世界中の教科書や小説で繰り返し引用されてきた。飢えに苦しむ民衆に向かって、そんな冷酷な軽口を叩いた王妃。贅沢三昧の末に断頭台へ送られた悲劇の女性を象徴するエピソードとして、あまりにも有名だ。
だが、この逸話が本当にマリー・アントワネットの発言だったという証拠は、実はどこにも存在しない。
最初にこの言葉が活字になったのは、思想家ルソーの自伝的著作『告白』だ。ルソーはその中で「パンがないなら、ブリオッシュを食べればいいのに、と言った高貴な姫君がいた」という趣旨のエピソードを書き記している。問題はそのタイミングだ。この一節が書かれたとき、マリー・アントワネットはまだ9歳。フランス王家に嫁ぐ3年前、王妃になる8年も前のことで、オーストリアの宮廷で育つ少女に過ぎなかった。しかも文中に彼女の名前は一切登場しない。ルソーが書いたのは、名も無き「とある高貴な姫君」についての伝聞にすぎなかったのだ。
つまり、この台詞そのものは市井の噂話として既に流通していたことになる。彼女が発した言葉が広まったのではなく、既にあった話に後から彼女の名前が当てはめられた、という順序なのだ。まだ会ったこともない外国の少女に、大人になってから濡れ衣が着せられた格好である。
では、いつ、どうやってこの言葉はマリー・アントワネットのものにされたのか。答えは驚くほど遅く、彼女が処刑されてから半世紀近く過ぎた1843年である。作家アルフォンス・カールが自身の風刺雑誌『スズメバチ』の中で、「不幸な民衆の話を聞いた王妃が『それならブリオッシュを食べればいいじゃない』と答えた」という噂を紹介したのが、彼女の名前とこの台詞が結びついた最初の記録とされている。処刑の記憶が生々しかった時代ならまだしも、当人が世を去ってから何十年も経った後に、突然「王妃自身の発言」として広まり始めたことになる。
実のところ、この手のエピソードは特定の人物の発言記録というより、当時のヨーロッパで語り継がれていた「浪費癖のある支配者」を皮肉る小話が、都合の良い"主役"を後から得た結果だった可能性が高い。すでに悪名の定着していた元王妃ほど、こうした毒舌エピソードの主役に据えるにはうってつけの人物はいなかったのだろう。真偽よりも先に「いかにも彼女が言いそうだ」という物語のほうが説得力を持ってしまい、そのまま定着してしまったと考えられる。一度「らしい」と思われてしまった逸話は、後から訂正されてもなかなか追いつかない。
この台詞のフランス語原文「ブリオッシュを食べればいいのに」のブリオッシュとは、卵とバターをたっぷり使った高級な菓子パンで、日本語や英語圏で広まっている「ケーキ」とは実は別物だ。庶民の主食であるパンより格上の贅沢品という点は共通しているが、言語を渡り歩くうちに、いつの間にか誰もが知る「ケーキ」の姿に変わってしまったらしい。