配信: 2026-08-17 07:00(JST)
朝刊
生き物第90号

113戦して一度も勝てなかった馬が、なぜか国民的アイドルになった

チナミニチンチラが読み上げます(4分21秒)

競走馬の世界はシビアだ。走っても勝てない馬は次第に出走機会を失い、静かに引退して忘れられていく――それが常識というものだろう。負け続ける馬にわざわざ会いに行きたがる人などいるはずがない。

ところが日本には、この常識を丸ごとひっくり返した馬がいた。高知競馬所属の牝馬、ハルウララである。1998年から2004年までの現役生活で走った回数は113戦。そのうち勝った回数はゼロ。一度も、である。しかも113戦というのは、決して短期間の話ではない。足かけ7年にわたって出走を重ね続けた末の数字だ。普通ならとっくに静かに引退して忘れられているはずのところ、この馬は逆に「負け組の星」と呼ばれ、全国的なブームを巻き起こした。

そもそも、なぜ一度も勝てない馬がそれほど長く走り続けられたのか。地方競馬では出走馬の頭数を確保することが興行の前提になる。実力下位のクラスであれば、勝てない馬でも枠を埋める貴重な戦力として出走を重ねられる仕組みがある。ハルウララはまさにその下位クラスを走り続け、勝てないままレースの現場に居続けた馬だった。裏を返せば、勝てないという事実こそが、この馬を下位クラスに居座らせ、長く競馬場に立たせ続けた理由でもあったわけだ。

そしてなぜ、その「勝てない馬」がスターになれたのか。理由として語られるのが、当時の時代背景と地方競馬が置かれていた苦境の重なりである。2003年前後の日本は長引く不況のただ中にあり、「頑張っても報われない」という感覚を抱える人が少なくなかった。そこに「負け続けても走ることをやめない」ハルウララの姿が重なり、多くの人が自分自身をその姿に投影した。受験生や就職活動中の若者、リストラに苦しむ会社員までもが、この馬に自分を重ねて応援したと語り継がれている。さらに、経営難にあえいでいた高知競馬にとって、この馬は起死回生の存在になった。連敗するたびにメディアが取り上げ、話題は競馬ファンの枠を超えて広がっていった。負け続ける馬に日本中が本気で声援を送るという、競馬の常識からすれば奇妙な光景がそこに生まれたのである。

勝てないという事実そのものが物語となり、地方競馬の看板にまでなったという逆転現象は、競馬というスポーツの枠を超えて今も語り継がれている。ハルウララは29歳で亡くなったが、これは馬としてはかなりの長寿にあたる。その生涯は海外メディアにも取り上げられ、「一度も勝てなかったのに国民的な象徴になった馬」として世界に知られる存在になった。負け続けたことが、結果として最も長く人々の記憶に残る勝ち方になったとも言えるだろう。

ちなみに、

この113連敗、実は日本記録ですらなかった。より大きい連敗記録を持つ馬は複数確認されており、1980年代から90年代にかけて走った競走馬ハクホークインは、なんと161連敗を記録している。それでもハクホークインが全国区のアイドルになることはなかった。記録の大きさではなく、時代とタイミングが重なって生まれた物語こそが、ハルウララを唯一無二の存在にしたと言えそうだ。

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