配信: 2026-08-22 07:00(JST)
朝刊
生き物第100号

今いるペットのチンチラ、実はたった11匹の子孫だった

チナミニチンチラが読み上げます(4分13秒)

現在、世界中でペットとして飼われているチンチラ。毛色のバリエーションも豊富で、品種としてかなり多様な集団に見えるかもしれない。ところが実際には、その大半——とりわけアメリカで飼育されている個体のほぼ全てが、たった11匹の野生チンチラを祖先に持つことがわかっている。

きっかけは1923年、アメリカ人の鉱山技師マティアス・チャップマンだった。チリの鉱山で働くうちに野生のチンチラの毛皮に出会い、その手触りに魅了された彼は、アメリカへの持ち出しを計画する。当時チンチラは極上の毛皮を目当てにした乱獲によって、生息数が壊滅的な水準まで落ち込んでいた。危機感を強めたチリ政府は国外への生体持ち出しを厳しく規制していたが、チャップマンは粘り強い交渉の末に特別許可を取り付け、標高3000メートルを超えるアンデス山中での捕獲作業に乗り出す。

ところがこれが想像以上の難事業だった。23人のチームを率い、丸3年をかけて山中を探し回ったにもかかわらず、最終的に捕獲できたのはわずか11匹だったという。すでに乱獲で生息数そのものが激減していたうえ、チンチラは警戒心が強く、人目につきにくい岩場の隙間などに隠れ住む習性があったことも捕獲を難しくした。

さらに、捕獲後も一筋縄ではいかなかった。標高3000メートル超という低酸素・低温の高地環境に適応した体を持つチンチラを、いきなり海抜0メートルのアメリカ本土へ運べば、環境の激変で命を落としかねない。そこでチャップマンは氷でチンチラの体を冷やしながら、標高を少しずつ下げていくルートを選び、じっくり時間をかけて港のあるロサンゼルスまで運んだ。

こうして海を渡った11匹が、その後のアメリカでのチンチラ繁殖の出発点となった。当初は毛皮用家畜として飼育が始まり、乱獲に頼らずに毛皮を安定供給できる新しい産業として広まっていく。やがて毛皮以外の用途としてペット需要も生まれ、世界中の家庭へと飼育の輪が広がっていった。現在、ブリーダーが扱う個体の血統をたどると、驚くほど高い確率でこの11匹に行き着くとされる。品種改良によって毛色や体格のバリエーションこそ豊富に増えたものの、遺伝的な出発点は驚くほど狭かったことになる。

これほど少数の個体から始まった繁殖の歴史は、現在の飼育下チンチラが抱える遺伝的多様性の乏しさという課題にもつながっている。一方で皮肉なことに、乱獲で野生個体が激減した結果としてアンデスの野生チンチラは今も絶滅危惧種に指定されたままであり、ペットとして世界中で愛されている個体数の多さとは対照的な状況が続いている。もこもこと愛らしい姿の裏に、絶滅寸前だった野生種をめぐる執念の捕獲劇と、たった11匹という薄氷の綱渡りが隠れているのは興味深い。

ちなみに、

チャップマンが標高を下げながらチンチラを慣らした移動には、資料によっては1年近くを要したとも伝えられている。もし捕獲や長い道のりの途中で1匹でも欠けていたら、今日世界中の家庭にいるふわふわのペットチンチラたちは、そもそも存在していなかったかもしれない。

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