タコは気に入らない相手だけを狙って殻を投げつける
タコは基本的に単独行動の生き物、というのが一般的なイメージだろう。縄張りを持ち、獲物を巧みに捕らえ、擬態やパズル解きの知能でも知られるが、群れを作らず、他個体と積極的に関わることはほとんどないとされてきた。せいぜい縄張りに近づいてきた相手を腕で押しのけたり、体色を変えて威嚇したりする程度――そんな寡黙な生き物、というのがこれまでの通念だった。
ところが2022年に発表された研究で、この通念を揺るがす映像が記録された。オーストラリア沿岸に生息するマダコの一種が、自身の噴き出す水流を使って、殻や泥を「投げつける」行動をとっていたのだ。物を投げて攻撃する動物としてはチンパンジーが枝や糞を投げる例などが知られるが、腕や手を持たない軟体動物が水流を利用して同じことをやってのけていた点が、研究者たちを驚かせた。
タコは普段、砂や貝殻などの不要物を巣の外へ排出する際にも水を吹き出す。しかし、研究チームが大量の水中映像を分析したところ、その排出のうちのかなりの数が、単なる巣掃除ではなく、近くにいる特定の個体に向けて「投げつけられている」とみられることが分かった。観察された投擲のおよそ半数は、近くにいる別個体との小競り合いの最中に起きており、中には同じ相手だけを繰り返し狙い、何度も命中させ続けた個体もいたという。狙われた側もただ黙って浴びていたわけではない。しゃがみ込んだり、投げてきた相手の方向へ腕を掲げたりして、飛んでくる殻や泥を防ごうとする姿がたびたび確認された。無脊椎動物が特定の相手を選んで物を投げ、相手がそれをよけるという、まるで人間同士の喧嘩のような生々しいやり取りが、海の底で繰り広げられていたことになる。
この「狙い澄まして当てていた」ことを裏付ける決定打となったのは、投げる瞬間の漏斗(水を出す管)の向きだった。タコは通常、呼吸や移動、掃除のために漏斗を体の決まった位置に構えているが、殻や泥を投げつけるときだけ、普段とは違う不自然な角度にわざわざ調整していたのだ。研究チームはこの不自然な体勢の変化こそが、単なる排出行為ではなく意図的な投擲行動である証拠だとみている。