世界の主要な人工甘味料は、「うっかり舐めちゃった」ことで見つかった
化学の実験室には鉄則がある。中でも基本中の基本が、実験台のものを口に入れるな、である。何が入っているか分からない粉を舐めるなど、論外だ。当たり前の話である。
ところが、そのイメージを大きく覆す発見史がある。私たちがダイエット飲料や喫茶店の小袋で日常的に口にしている人工甘味料は、その主要なものがなんと揃いも揃って、研究者が「手を洗わなかった事故」から見つかっているのだ。
最初はサッカリンだった。1878年、ジョンズ・ホプキンス大学の研究室に出入りしていた化学者コンスタンチン・ファールバーグは、一日の実験を終えて夕食の席についた。手でパンをつまんでかじった瞬間、皮が異様に甘い。昼間、実験中の化合物を手にこぼしていたのである。ここで普通なら青ざめて手を洗う。ところが彼は研究室へ走って戻り、実験台に並んだバイアルもビーカーも皿も片っ端から舐めた。そして煮詰まりすぎた一つのビーカーの中に、犯人を突き止める。それが、砂糖の代わりとして商業化される最初の物質になった。
同じことが59年後に繰り返される。1937年、イリノイ大学で解熱剤の化合物を研究していた博士課程の学生マイケル・スベダは、実験台でくわえていた煙草の葉を唇から払った拍子に、指が甘いことに気づいた。その後彼がやったことも、やはり実験台の薬品を順に味見して原因を探すことだった。こうして見つかったのが、砂糖の30〜40倍甘いシクラメートである。後年、スベダは自らの幸運をこう振り返っている。「神は愚か者と子どもと化学者の面倒を見てくれる」。
1965年12月には、アスパルテームの番が来る。製薬会社で抗潰瘍薬を研究していたジェームズ・シュラッターは、フラスコの中身が吹きこぼれて指についたことに気づかないまま作業を続け、紙を一枚つまもうとして指を舐めた。強烈な甘み。彼もまた結晶を改めて口に運び、同じ味であることを確かめている。
このように、サッカリンもシクラメートもアスパルテームも、発見された手順はまったく同じである。手を洗わない。うっかり口に入れる。甘い。そして原因物質を探して、また舐める。世界の食卓を変えた甘味料が、揃ってこの流れで発見されている。安全教育が何十年もかけて根絶しようとしてきた行為が、そのまま大発見の引き金になっているというのは、なかなか皮肉な話ではないだろうか。
このような甘味料発見史の中でも、事故の種類が違うものがある。1975年、ロンドンで砂糖の誘導体を研究していた博士研究員シャシカント・ファドニスは、電話で受けた指示の検査しろ(testing)を味見しろ(tasting)と聞き違え、言われた通りに化合物を舐めた。驚くほど甘かったその発見が、砂糖の600倍甘いスクラロースにつながる。「指示を聞き間違えること」と「化学物質を口に入れること」という2つのミスが生んだ、奇跡的な出来事だったと言えよう。