配信: 2026-09-08 07:00(JST)
朝刊
文化第134号

『フリスビーの父』は、死んだあと本物のフリスビーになった

チナミニチンチラが読み上げます(2分46秒)

誰かの家の屋根に、投げ損ねたフリスビーが乗っかったまま何年も放置されている——そんな光景を、子どもの頃に見たことはないだろうか。あれは持ち主にとっては悲劇で、それ以外の誰にとっても、ただの間の抜けた風景でしかない。

ところが、その「屋根の上のフリスビー」を人生の最終目的地に選んだ男がいる。名はエド・ヘドリック。ワムオー社の「空飛ぶ円盤」を改良し、いま世界中で使われているフリスビーの形を設計した人物であり、ディスクゴルフという競技そのものを生み出した、言わば「フリスビーの父」だ。彼は生前、死後の世界についてこんな見立てを語っていた。「人は煉獄になど行かない、屋根の上に着地してそこに寝転がっているだけだ」、「自分の遺灰は誰かの家の屋根にたまたま着地するフリスビーの中に収めてほしい」と。

そして2002年に彼が亡くなったあと、その言葉は実行に移される。なんと、本人の遺志により、遺灰を練り込んだディスクが限られた枚数だけ製作されたのである。一部は友人と家族へ配られ、残りはフリスビーの歴史を伝える博物館とディスクゴルフ施設の設立資金を集めるために販売された。フリスビーの父が、文字通りフリスビーになったわけだ。

さらに興味深いのは、そのうちの1枚の行き先である。妻のファリーナが、夫の遺灰入りディスクを記念博物館の屋根めがけて投げ上げたのだ。そのフリスビーは、今でもその屋根にあるとみられている。生前に語った「屋根の上に着地して寝ている」という死後観を、遺族が物理的に実現したのだ。

ちなみに、

ヘドリックはワムオー社に雇われるとき、正規の応募では相手にされず、3か月無給で働いて実力を証明するという条件を自分から出している。その3か月で任されたのが、売れ行きの振るわない空飛ぶ円盤の改良だった。無給の試用期間から始まった仕事が、世界中の人達を楽しませる遊具と、彼自身の墓標になった。

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