150年語り継がれた制度設計の教訓、出典はただの噂話だった
経済学やビジネス書で「制度設計の失敗例」として必ず引き合いに出される話がある。19世紀後半、英領インドの首都デリーで、当局が野生の毒蛇コブラの数を減らそうと、コブラの死骸一匹につき報奨金を出す制度を始めた。ところが住民の一部が「賞金稼ぎ」として自らコブラを繁殖させ、死骸を持ち込んで金を稼ぐようになった。当局がそれに気づいて制度を廃止すると、繁殖業者たちは用済みになったコブラをまとめて野に放ち、結果としてコブラの数はかえって増えてしまった――。この「コブラ効果」は、善意の制度が意図と逆の結果を生む典型例として、経済学の教科書や企業研修のスライドに繰り返し登場してきた。
だが、この話を検証しようとした研究者たちは奇妙なことに気づいた。当時のデリーで実際にコブラの繁殖業者が摘発された記録や、報奨金制度の運用実態を示す公文書が、どこを探しても見つからないのだ。150年にわたって世界中で語り継がれてきたにもかかわらず、繁殖の実在を裏付ける文書は一件も確認されていない、という。行政記録、裁判記録、当時の統治者の書簡――探せる範囲を探しても、コブラを繁殖させて小遣い稼ぎをしていた住民の存在を示す一次資料はただの一つも出てこないというのだ。
さかのぼって出典を辿ると、行き着く先は1873年の新聞記事だった。しかもその記事の書きぶりは「〜という噂がある」という伝聞の域を出ていない。つまり最初から「事実の報告」ではなく「巷の噂」として書かれたものが、時を経るうちに「歴史的事実」として教科書に定着してしまった可能性が高い。ある研究者は、この逸話を「経済理論を装った植民地時代の誤情報」と呼んでいる。実際、賞金制度そのものが本当に実施されたのかどうかを示す一次資料さえ心もとなく、住民が意図的に繁殖させていたという主張の裏付けは「一部の現地人がそうしていたと言われている」という又聞き止まりだった。しかも記事の書き手は統治する側の英国人であり、統治される側の現地住民を「ずる賢く制度の裏をかく者たち」として描く視線そのものに、当時の植民地支配特有の偏見が透けて見える、と指摘する声もある。
なぜこれほど脆弱な逸話が150年も生き延びたのか。理由の一つは、話の「出来すぎた分かりやすさ」にある。善意の制度が裏目に出て、しかも廃止したらさらに悪化するという二段オチの構造は、講義や研修でひと目を引く教材として申し分ない。検証よりも「使い勝手の良さ」が優先され、誰も出典を遡らないまま孫引きに孫引きを重ねた結果、噂話が動かぬ史実の顔で流通し続けてしまったというわけだ。植民地統治下のインドという、当時の英国人が現地社会を見下す視線で書いた記事が出発点だったことも、検証を難しくした一因とみられている。
この逸話が示す「良かれと思った制度が裏目に出る」という現象自体は、コブラ効果という名前がついたことで一般名詞化し、今では蛇とは無関係の様々な政策の失敗例を指す言葉としても使われている。事の真偽はどうあれ、教訓としての「効き目」だけは本物だったということかもしれない。