吸血コウモリ、イメージと違って律儀な奴だった
映画やゲームに繰り返し登場する吸血コウモリは、闇に潜んで生き物の血を吸う不気味な捕食者として描かれる。首筋に忍び寄り、音もなく獲物の血を啜る――そんな恐ろしいイメージが定着しているせいで、コウモリ自身は生存競争を勝ち抜く冷徹なハンターだと思われがちだ。
ところが実際のチスイコウモリは、驚くほど飢えに弱い生き物だ。哺乳類の血液だけを主食とするこの動物は、わずか2〜3日、正確には3晩連続で獲物にありつけないだけで餓死してしまう。夜ごと牛や馬などの動物に噛みつき血を吸う姿からは想像しにくいが、狩りの成功率は決して高くなく、群れの中には毎晩必ず「今夜は失敗した」個体が出る。血液は栄養価が低く消化も早いため、他の哺乳類以上に頻繁な捕食が生存に直結するのだという。
そこで彼らがとる行動が、冷徹なイメージを裏切る。満腹で戻ってきた個体が、飢えて弱っている仲間の口に、自分が吸ってきた血を口移しで分け与えるのだ。これによって多くの個体が命をつなぎ、群れ全体の餓死リスクが下がっている。
一見すると美しい助け合いに思えるが、この行動が無条件の善意ではないということも、研究によって明らかになっている。血を分け与える相手は、誰でもいいわけではない。コウモリは「以前、自分が飢えていたときに血を分けてくれた相手」を覚えていて、その相手を優先的に助ける。つまり彼らの間には、貸し借りの記録に基づいた律儀な互恵関係が成立しているのだ。日々誰が誰を助けたかという「記録」を数年単位で保持し、血をせびるだけの相手には次第に分け与えなくなる――という、まるで信頼残高を管理しているかのような関係性が、野生の群れの中で自然に築かれている。飢えという生死に関わるリスクを背景に、互いの信頼を裏切らない相手を見極め、関係を築いていく――そうした社会性が、恐ろしいイメージの裏に隠れているのだ。
この「顔と貸し借りを覚えて使い分ける」という芸当は、動物の世界では決して当たり前のことではない。多くの動物の助け合いは、血のつながった家族間に限られることが多く、赤の他人のために自分の命綱である食料を差し出す例は数少ない。一方チスイコウモリの場合、血のつながりが一切ないメス同士の間でも、同じような血液の贈与関係が築かれることが研究で確認されている。血のつながりがない相手とわざわざ信頼関係を築くことは、いざという夜に「頼れる仲間」を増やす保険のような役割を果たしているのかもしれない。血を吸う生き物が、血のつながりを超えた絆で仲間を支えている――皮肉のようで、どこか温かい話だ。