配信: 2026-08-10 07:00(JST)
朝刊
地理第76号

エジプトとスーダンの間には、誰の土地でもない荒野がある

チナミニチンチラが読み上げます(4分24秒)

国境線というものは、たいてい奪い合いの結果として引かれる。隣り合う国同士が「ここまでは自分の領土だ」と主張し合い、時には争いにまで発展して、最終的に一本の線が定まる。世界のニュースをにぎわせる領土問題も、たいていは「複数の国が同じ土地を欲しがる」せいで起きる。つまり地図上のほとんどの土地には、少なくとも一つの国が「ここは自分のものだ」と手を挙げている——はずだ。

ところが、エジプトとスーダンの国境地帯には、どちらの国も「自分の土地だ」と言わない土地が存在する。ビル・タウィルと呼ばれる約2060平方キロメートルの荒野で、永住者のいない砂漠地帯だ。東京都の面積とほぼ同じくらいの広さがありながら、それでも地図上ではれっきとした「無主地」として扱われている。よくある「取り合い」ではなく、逆に「押し付け合い」すら起きていない、珍しい空白地帯だ。

なぜこんなことが起きるのか。原因はイギリス統治時代に引かれた二本の境界線のずれにある。一本は1899年に定められた、緯度線に沿ったほぼ直線の政治的国境。もう一本は1902年、現地の遊牧民の生活圏に合わせて引き直された行政上の境界線で、こちらは直線ではなく複雑に湾曲している。この二本の線のずれによって、境界地帯には二つの「ずれた土地」が生まれた。一つがビル・タウィルで、もう一つが紅海に面したハラーイブ・トライアングルだ。

ハラーイブ・トライアングルはビル・タウィルの十倍近い面積を持ち、海への玄関口もあるため経済的・戦略的価値が高い。エジプトは1899年線を根拠にハラーイブは自国領だと主張し、スーダンは1902年線を根拠に同じ土地を自国領だと主張している。双方譲らず、実効支配は事実上スーダン側にあるとされるが、エジプトも領有権の主張を取り下げていない。

問題はビル・タウィルの側だ。エジプトが1899年線を持ち出せば、その線ではビル・タウィルはスーダン領になってしまう。逆にスーダンが1902年線を持ち出せば、ビル・タウィルはエジプト領になる代わりに、ハラーイブに対する自国の主張の根拠を自ら崩すことになる。つまりどちらの国も、価値の低いビル・タウィルを「自分のものだ」と言った瞬間に、相手が採用する境界線の正しさを認めてしまい、結果として価値の高いハラーイブを失う羽目になる。だから両国とも、得るもののほとんどないビル・タウィルには最初から手を出さない、という奇妙な均衡が成立しているのだ。領土問題は普通「奪い合い」で膠着するが、ここでは「譲り合い」ならぬ「受け取り拒否」で膠着しているというわけだ。

ちなみに、

この持ち主のいない土地には近年、勝手に旗を立てて「建国」を宣言する人物が相次いでいる。2014年にはアメリカ・バージニア州の農家ジェレマイア・ヒートン氏が現地に赴き、青地に金の王冠と星をあしらった旗を立てて「北スーダン王国」の建国を宣言した。7歳の誕生日を迎える娘を「本物のお姫様」にしてやりたい、というのが理由だったという。もちろんどの国家からも承認されておらず、法的には何の意味も持たない。それでもヒートン氏以降、同じように現地へ赴いて独自国家の樹立を名乗る人々が後を絶たない。

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