地理第142号朝刊

2011年12月30日が存在しない国

チナミニチンチラが読み上げます(3分57秒)

カレンダーから一日を消す、と聞いて、どのようなことを思い浮かべるだろうか。うるう年の調整か、あるいは暦の改暦にまつわる遠い昔の話か——おおむね、そんなところではないだろうか。少なくとも現代の国家が、来週の金曜日を丸ごと無かったことにする、という話ではない。当たり前の話である。

ところが、そのイメージを覆す出来事が、2011年の南太平洋で実際に起きている。サモアという島国では、2011年12月30日という日が存在しない。木曜日の29日が終わった瞬間、次に来たのは土曜日の31日だった。金曜日は、丸ごと飛び越されたのだ。

理由は、国際日付変更線である。線をまたぐかどうかで日付が丸一日ずれるこの線が、サモアにとっては商売の邪魔になっていた。当時のサモアは線の東側、つまりアメリカ側にいて、主要な貿易相手であるニュージーランドやオーストラリアとは日付がずれていた。オークランドとは23時間、シドニーとは21時間の差である。サモアが金曜に働いている頃、取引先はもう土曜。サモアが日曜に教会にいる頃、シドニーやブリスベンでは商談が始まっている。営業日が取引先と噛み合わない、という状態だった。

そこでサモア政府が選んだ解決策が、線の反対側へ引っ越すことだった。といっても島が動くわけではない。動くのは線のほうである。国際日付変更線の位置を定める国際法は存在せず、各国が自国の都合で決めた法律の集まりとして線が引かれている。だから線の近くにある国は、誰の許可も要らずに自分の側を変えられる。2011年12月29日の木曜、時計が真夜中を打つと同時に、線はサモアの反対側へ跳んだ。その過程で、金曜日が消えた。

消えたのは日付だけではない。その日出勤するはずだった人々の労働も一緒に消えた。そこで政府は、存在しなかった金曜日についても、雇用主は従業員に給与を支払わなければならないと定めた。逆に、その週サモアのホテルに泊まっていた客は、存在しない一日の宿泊代を請求されずに済んでいる。国民は歓声を上げ、サイレンが鳴り、真夜中の空に花火が上がった。世界で最後に新年を迎える国だったサモアは、この一夜で、世界で最初に新年を迎える国になったのである。

ちなみに、

サモアが日付変更線をまたいだのは、これが初めてではない。1892年、当時の主な貿易相手だったアメリカ西海岸に合わせるため、サモアは逆向きに線をまたいでいる。このときは一日が消えるのではなく、一日増えた。増やす日として選ばれたのは7月4日——アメリカの独立記念日で、サモアの人々は独立記念日を二回祝ったのだ。

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