食第143号夕刊

コカ・コーラが秘伝のレシピを、あえて特許にしない理由

チナミニチンチラが読み上げます(3分37秒)

画期的な発明をしたら、まず特許を取る。誰にも真似されないように、法律で自分の権利を守ってもらう。当たり前の話である。ところが、世界でもっとも有名な飲み物の中身は、その当たり前の道を通っていない。

コカ・コーラのレシピは、特許を取っていない。取れなかったのではなく、あえて取らなかったのだ。

理由は、特許という制度そのものの仕組みにある。特許は発明者に独占的な権利を与えてくれるが、その代わりに二つの条件がついてくる。一つは期限で、実用特許の保護はおよそ20年で切れる。もう一つがもっと厄介で、特許を取るには発明の中身を全部公開しなければならない。つまりコカ・コーラが特許を取っていたら、レシピは公文書として世界中に晒され、20年後には誰でも自由に作れる公共物になっていた。ペプシもスーパーのプライベートブランドも、堂々と同じ味を名乗れたことになる。

そこでコカ・コーラが選んだのが、企業秘密(トレードシークレット)という道である。これは登録する権利ではなく、「秘密にしておく」という状態そのものを法が守る仕組みだ。そして最大の特徴は、期限がないことにある。秘密が保たれている限り、保護は無期限に続く。

1880年代のアトランタの薬局で生まれた黒い炭酸飲料は、こうして130年以上、レシピの独占を続けてきた。特許を取っていれば、1900年代の初頭にはとっくに権利が切れていた計算になる。20年の独占と引き換えに中身を差し出すか、何も明かさない代わりに永遠に守り続けるか——コカ・コーラは後者に賭け、その賭けに勝ち続けているのだ。

もちろん、この選択にはリスクもある。特許と違って、企業秘密は漏れた瞬間に価値を失う。だからこの会社は、レシピを知る人間をごく少数に限り、厳格な守秘の体制で情報を囲い込んできた。同じ道を歩む例としてはKFCの調味料の配合が知られるが、いずれも「知る人を増やさない」という一点で成り立っている。法律が守ってくれるのは、あくまで秘密が秘密であるうちだけである。

ちなみに、

コカ・コーラの生みの親であるジョン・ペンバートンは、このレシピが産んだ収益からほとんど何も得ていない。南北戦争の負傷が原因でモルヒネ依存に苦しんでいた彼は、より穏やかな鎮痛剤を求めてこの飲み物にたどり着いた薬剤師だった。しかし胃がんも患い、膨れ上がる医療費を払うために持ち株を売り払っていく。世界一有名なレシピの権利は、こうして実業家アサ・キャンドラーの手に渡ったのだ。

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