ことば第209号夕刊

孫の手の「孫」は、孫ではなかった

チナミニチンチラが読み上げます(3分4秒)

おじいちゃんおばあちゃんの家にありそうな道具の代表、孫の手。背中の痒いところに手が届かなくなった祖父母のために、孫が代わりに掻いてやる。そんな優しい情景から付いた名前というイメージではないだろうか。

ところが、この「孫」は孫ではない。元の形は「麻姑(まこ)の手」である。麻姑とは、中国の伝説に登場する仙女だ。中国の西晋時代の書『神仙伝』に登場し、その爪は鳥のように長く伸びていたという。

話の発端は、後漢の蔡経という男である。神仙の王の訪問を受けた蔡経は、その場に現れた若く美しい麻姑の鳥のような爪を見て、あの爪で背中を掻いてもらったらさぞ気持ちがいいだろうと想像した。仙女を目の前にして考えることがそれだったため、彼はきつく叱責されている。だが、この不埒な思いつきのほうが後世に残った。痒いところを掻く棒は「麻姑の手」と呼ばれるようになったのだ。

つまり孫の手の「孫」は、孫への感謝でも祖父母への孝行でもなく、仙女の爪を借りたいという一人の男の煩悩が語源なのである。

もっとも、当時の「麻姑の手」は今のように先端が小さく丸みを帯びたものではなかった。爪は長く大きなものだったという。それが1500年頃に日本へ伝わり、少しずつ現在の形へと縮んでいった。そして「まこ」という音と、先端の小さな手の形から「孫」が連想され、「孫の手」という呼び名に落ち着いた。音が訛り、形が縮み、意味まですり替わったのである。

そして皮肉にも、この誤読は実態をうまく言い当ててもいる。人は加齢とともに腕の可動域が狭くなり、自分の手で背中を掻くことが難しくなっていく。孫の手を手に取るのは、孫がいてもおかしくない年齢の人が多い。仙女の名を取り違えた先に、妙にしっくりくる名前が出来上がってしまった。

ちなみに、

麻姑の爪は慣用句にもなっている。痒いところが思いどおりに掻けること、つまり物事がうまく運ぶことを「麻姑掻痒(まこそうよう)」という。「隔靴掻痒」の対になる言葉で、痒みを掻くという比喩だけで正反対の二語が成立しているのだ。

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