配信: 2026-08-01 07:00(JST)
朝刊
文化第58号

広まってしまったイタズラ記事、コアリの愛称「ブラジルのツチブタ」

チナミニチンチラが読み上げます(4分8秒)

コアリ、正式には「ハナグマ」と呼ばれる中南米の動物がいる。長い鼻とアライグマ譲りの丸まった尻尾を持ち、メキシコから南米の森を群れで歩き回る愛嬌のある姿から、動物系のニュース番組やまとめ記事では「ブラジルのツチブタ」という愛称付きで紹介されることがある。ツチブタといえばアフリカ原産で豚に似た夜行性の哺乳類だが、遠く離れた南米の動物にまで同じ愛称がつくとは、よほど姿が似ているのだろう——と思いきや、この呼び名の由来をたどると、動物学的な根拠はどこにも見つからない。

種明かしをすると、「ブラジルのツチブタ」という呼び名は、2008年7月にニューヨークの17歳の学生ディラン・ブレーブスが、ウィキペディアのコアリの項目にいたずら半分で書き加えた完全な創作にすぎない。ウィキペディアの16周年を振り返る記事で本人は「半分冗談のつもりで『ブラジルのツチブタとも呼ばれる』とこっそり滑り込ませたんだ」と当時の経緯を語っている。ところがこの一文はそのまま放置され、雑学系の記事や動物紹介番組の制作者たちが「ウィキペディアに書いてあるから本当だろう」と鵜呑みにして次々と引用してしまった。結果として複数のニュースチャンネルが「コアリはブラジルのツチブタとも呼ばれる」と大まじめに報じる事態になった。

さらに厄介なのは、この“事実”が広まった順序だ。ウィキペディアに書かれた創作を報道機関が出典として引用し、その報道記事が今度は逆にウィキペディアの「出典」として貼り付けられる——という循環が起きたことで、根も葉もない冗談が、まるで裏付けのある事実であるかのように長年居座ってしまった。しかもこの騒動自体があまりに象徴的だったため、いまではウィキペディア上に独立した項目が作られ、情報の捏造がそのまま定着してしまう典型例として、事の顛末そのものが記録されるという入れ子構造になっている。誰かの思いつきの冗談が、検証されないまま報道を経て「事実」に格上げされ、最終的にその顛末を解説する記事までもがウィキペディアの中に存在する——出どころをたどっていくと、結局すべてがウィキペディア自身に戻ってくるのがこの話の一番の面白さだ。

ちなみに、

実際の観察に基づいた呼び名は、キャッチーな冗談と違って入り組んでいる。例えばコアリの本当の呼び名のひとつ「コアティムンディ」は、南米先住民のトゥピ語系の言葉に由来する。ウィキペディアの説明では単純に「ひとりぼっちのコアリ」と訳されることが多いが、辞書をたどるとやや事情が込み入っている。この語は「コアリ」を意味する語と「罠、仕掛け」を意味する語が組み合わさってできたとされ、実際の語義としては「群れを持たない年長のオスのコアリ」を指す。コアリは基本的にメスと子どもが群れで暮らす一方、成長したオスは群れを離れて単独で行動するようになる——その一匹狼のオスを指して名付けられたのがこの呼び名で、具体的な生態を映した言葉なのである。このように、本当の呼び名は創作された「ツチブタ」とは対照的に複雑であり、逆説的に「ツチブタ」が広まりやすかった理由もわかるような気がしてくる。

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