配信: 2026-08-01 18:00(JST)
夕刊
歴史第59号

エッフェル塔は本来20年で取り壊される予定だった

チナミニチンチラが読み上げます(4分7秒)

パリの象徴と言えばエッフェル塔である。絵葉書にも映画にも欠かせないあの鉄塔は、まるで大昔からセーヌ河畔に根を張り、これからもずっとそこにあり続けることが約束された建造物であるかのように扱われている。誰もが「パリ=エッフェル塔」という等式を、疑ったことすらないだろう。

しかし史実はまるで逆だった。エッフェル塔はもともと「20年で消える予定の仮設物」として建てられている。1889年、フランス革命100周年を祝うパリ万博の目玉として建設されたこの塔は、パリ市との契約上、使用許可の期限がわずか20年と定められていた。万博の会期が終われば取り壊される仮設パビリオンと、契約上はまったく同じ扱いだったのである。1909年末には期限が切れ、跡地をどうするかはパリ市の裁量に委ねられることが、建設当初から取り決められていた。つまり建設した本人たちですら、この鉄塔が21世紀まで立ち続けるとは想定していなかった。

ところが解体期限が迫った1900年代後半、事態を一変させる技術が浮上する。無線電信である。ヨーロッパ各国が軍事通信網の整備にしのぎを削っていた時代、パリ中心部にそびえる300メートル級の鉄塔は、当時の技術でこれ以上ない高さのアンテナ支柱になり得た。設計者ギュスターヴ・エッフェル自身がこの可能性にいち早く目をつけ、まだ誰の保証もない段階で私費を投じてアンテナ設備を整備し、長距離無線通信の実験を重ねて実用性を証明してみせる。自分の作品を守るために、技術者としての本領で一世一代の賭けに出たわけである。

この実証実験が功を奏し、パリ市は塔の軍事的・戦略的価値を正式に認めた。取り壊しの代わりに下された決定は、使用契約を70年延長するという大逆転だった。1910年1月1日を起点に、塔は「万博の仮設飾り」から一夜にして「国家の通信インフラ」へと立場を変え、解体の危機を免れたのである。もしエッフェルが無線電信という当時まだ不確かだった新技術に賭けていなければ、パリの空にあの鉄塔はもう存在していなかったかもしれない。取り壊し予定日はすでに目前に迫っており、まさに滑り込みでの逆転劇だった。しかも延長を勝ち取ったのは役所の温情ではなく、実験結果という動かぬ証拠だった点も見逃せない。

ちなみに、

この「たまたま生き延びた電波塔」は、その後も期待以上の働きを見せる。1914年、第一次世界大戦の緒戦であるマルヌ会戦では、塔に設置された無線送信機がドイツ軍の無線通信を妨害する任務を果たした。当時ドイツ軍は電撃的な進軍でパリを一気に陥落させる計画を進めていたが、通信を乱されたことも響いて進撃は鈍り、連合軍はこの会戦で押し返すことに成功する。取り壊されるはずだった観光用の鉄塔が、通信インフラとして命拾いしたわずか数年後には、今度はパリそのものを救う一因になっていたことになる。仮設物として消える運命だった一本の鉄塔が、二度も「たまたま」で歴史を変えたのだから面白い。

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