配信: 2026-08-02 18:00(JST)
夕刊
生き物第61号

ゾウは服の匂いと色だけで「危険な人間」を見分けている

チナミニチンチラが読み上げます(3分59秒)

ゾウは記憶力がいい、賢い動物だ――多くの人はそう聞くと、「昔置かれた餌の場所を覚えている」程度の逸話を思い浮かべるだろう。仲間の顔を何年も忘れない、水場の位置を覚えている、といった話も広く知られている。

だが、ケニアのアンボセリ国立公園で行われた調査は、その「記憶力」の中身が想像以上に細かいことを明らかにした。ゾウは、人間が着ていた服の匂いを嗅いだだけで、その持ち主がどの民族に属するかまで判別していたのだ。銃声や車のエンジン音のような分かりやすい危険信号ではなく、服に残ったにおいという曖昧な手がかりだけで、目の前にいない相手の正体を見抜いていたことになる。

研究チームは、周辺に暮らす二つの民族、マサイとカンバの人々が実際に着用した服を用意し、ゾウの群れに順番に匂いを嗅がせた。マサイは伝統的に牛を放牧して暮らし、水や草地をめぐってゾウと衝突した際には槍を投げて追い払う、あるいは仕留めることさえある人々だ。若い男性には、ライオンなど大型動物に立ち向かう通過儀礼の伝統も残る。一方のカンバは主に農耕を営み、ゾウと直接争う機会がほとんどない。ゾウにとって、両者は「同じ人間」でも脅威度がまるで違う相手なのだ。

結果は明確だった。ゾウはカンバの服の匂いにはさほど反応しなかったが、マサイの服の匂いを嗅いだ個体は、群れで身を寄せ合い、鼻を高く上げて周囲を警戒するなど、はっきりとした恐怖反応を見せた。さらに、その場を離れた後の最初の1分間の移動速度を比べると、マサイの匂いを嗅いだ後の方が有意に速く逃げていたという。服の持ち主を見てすらいない、匂いという情報だけで、離れた場所にいる「敵」の脅威度まで評価し、逃げ足の速さにまで反映させていたことになる。

驚きはここで終わらない。研究チームは今度は匂いを一切使わず、色だけの実験も行った。真っ白な布と、マサイの若い男性が伝統的に身につける赤い布を見せたところ、ゾウは赤い布に対してだけ、突進するようなそぶりを見せるなど明らかに攻撃的な反応を示した。匂いという手がかりが何もなくても、「赤色」という視覚情報だけで警戒レベルを引き上げていたのだ。においで個体や集団を嗅ぎ分ける動物は珍しくないが、特定の民族が儀式で好んで身につける色まで危険信号として学習していたことになる。

つまりゾウは、匂いと色という二つの独立した手がかりから、目の前にいない人間の集団を「危険」「安全」に仕分ける学習能力を持っている。単なる条件反射ではなく、経験の蓄積をもとに人間という一つの種の中でさらに下位集団まで識別する、極めて高度な社会的認知能力だと研究者は指摘する。

ちなみに、

ゾウの群れでは経験豊富な年長のメスがリーダーを務めることが多い。「どの人間が危険か」という知識も、こうした年長個体から若い個体へと世代を超えて伝えられていくと考えられている。

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