配信: 2026-08-03 07:00(JST)
朝刊
地理第62号

一晩7万ドルで「一国まるごと」を借りられた、大公とワイン付きの宿泊プラン

チナミニチンチラが読み上げます(4分7秒)

旅行サイトで「一棟貸し」を探せば、離島の別荘でも歴史ある城でも、たいていの物件は借りることができる。だが「国そのもの」を借りるとなると、さすがに話は別だと誰もが思うはずだ。国境があり、政府があり、住民が暮らしている以上、一晩まるごと貸し切るなど不可能に決まっている――そう考えるのが常識だろう。

ところが2011年、Airbnbは本当に「一国まるごと」を貸し出す企画を実施した。舞台はスイスとオーストリアに挟まれた人口約3万5000人の小国、リヒテンシュタイン公国。宿泊料は1泊7万ドル、最低2泊からという条件付きで、国全体がまるごと一件の宿泊物件として予約対象になったのである。

金額だけ聞くと法外だが、中身を見るとその強気な値付けにも納得がいく。宿泊者には公家の邸宅で開かれるワインテイスティングと花火ショーが用意され、希望すれば市長や楽団まで動員した中世祭りが催され、最後には「市の鍵」まで授与されるという、まさにオーダーメイドの歓待コースが揃っていた。単に国土という空間を借りるのではなく、行政も王室も観光業も含めた国という単位そのものが、一人の宿泊客のためにホスト役を演じてくれる企画だったわけだ。普通のホストが鍵を一つ渡して終わりなのに対し、ここでは町ぐるみで出迎えの列を作ってくれるようなものである。

こうした破格の企画が成立した背景には、リヒテンシュタインという国ならではの事情がある。面積は東京23区よりずっと小さく、人口も日本の一つの町村ほどしかない。それでいて今も大公家が実権に近い立場を保つ立憲君主国であり、観光を重要な収入源と位置づけてきた歴史も長い。つまりこの国は、政府と王室と観光産業がほぼ一体となって動けるだけの規模とまとまりを兼ね備えているということだ。人口が数百万、数千万を超える国では、いくら予算を積んでも「国ぐるみのおもてなし」を一晩で組み上げることなど到底できない。小さな国だからこそ実現できた、逆説的な贅沢企画だったといえる。モナコやサンマリノのようなミニ国家がしばしば話題作りのユニークな企画で注目を集めるのと同じ発想が、ここでは「国を貸す」という究極の形に行き着いたとも言えるだろう。しかも借り手はただの観光客ではなく、その一晩だけは国全体から歓待される「特別な来賓」として扱われる。これほど徹底したロールプレイ型のホスピタリティは、他のどんな高級ホテルのVIPプランでも用意できないはずだ。

ちなみに、

この「国貸し」企画にはミュージシャンのSnoop Doggもミュージックビデオの撮影のために予約を試みたと伝えられている。担当者いわく「宮殿や村を貸してほしいという依頼は受けたことがあったが、国を丸ごとというのは初めてだった」とのこと。結局この件は、彼のマネジメントチーム側で撮影日程の調整がうまくつかず、実現には至らなかったという。大公家主催のワインテイスティングとラッパーの共演という、なんとも見てみたかった組み合わせは、スケジュール表の前にあえなく幻と消えたわけだ。

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ちなみに、ハチミツは腐りません。数千年前のハチミツも、まだ食べられ……
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