19世紀末のニューヨークには、パンにレンガを挟んだレンガサンドイッチがあった
「お酒は簡単な食事とご一緒に」と言われたら、今なら単なる接客マナーだと思うだろう。ところが19世紀末のニューヨーク州では、これがそのまま法律の条文そのものだった。守らなければ営業許可を失いかねない、れっきとした州法である。
1896年に制定された通称「レインズ法」は、日曜日に酒類を提供できる店を、客室10室以上を備えて食事も出す“ホテル”に限定した。飲酒そのものを禁じたわけではなく、日曜だけは「宿泊と食事を伴う正式なホテル」でなければ酒を出せない、という建前の規制だった。街角の小さな酒場からすれば、日曜の書き入れ時をまるごと奪われるに等しい。とはいえ法律の条文をよく読めば、「客室10室」と「食事の提供」さえクリアすれば、どんなに怪しい店でも合法的に“ホテル”を名乗れることになる。経営者たちが抜け道を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
まず彼らは、店の二階や裏手に間仕切りだけの粗末な小部屋を10室こしらえ、堂々と“ホテル”を名乗った。実際に宿泊客を迎える気などさらさらなく、あくまで役所への届け出上の帳尻合わせにすぎない。次に必要なのは「食事」の体裁だ。とはいえ毎回まともな料理を出していては商売にならない。そこで編み出されたのが、一皿の安っぽいサンドイッチを客から客へ延々と使い回す手口だった。酒を注文した客の前にサンドイッチを置き、飲み終えたら下げてそのまま次の客の前へ運ぶ。誰も食べることは想定されておらず、あくまで「食事を提供した」という記録上のアリバイを作るための小道具だった。あまりに使い回され続けて硬くなりすぎたのか、パンの間に本物の具の代わりにゴムを挟んだ「ラバー・サンドイッチ」まで登場したと伝わる。もはや食品ですらない、書類上だけの「食事」である。
極めつきは、パン2枚の間に食材ではなく文字通りレンガを一個挟んだ「ブリック・サンドイッチ」だ。州法をあざ笑うためだけに存在する小道具で、カウンターの上に堂々と置かれていたという。ところがある日、事情を知らない田舎者の客がうっかりこれを注文し、本気でかぶりつこうとする一幕が起きた。周囲は大笑いになったというが、駆けつけた警察がとった対応は逮捕でも摘発でもなく、レンガをバーテンダーに返却させただけだった。証拠品として押収するでもなく、ただ持ち主に返す。この一件だけでも、当時の取り締まりがどれほど形だけのものだったか、そして州もまたその形式さえ整っていれば矛を収めていたことがうかがえる。
この「食事」をめぐって実際に法廷に立たされた酒場経営者もいた。マンハッタン南東部・スタントン通りで店を営むある店主が、あまりに粗末な「食事」を出したかどで裁判にかけられたのだ。ところが陪審が下したのは無罪の評決だった。店側にとっても国の司法制度自身にとっても、レインズ法は体裁だけ整えてやり過ごすものになっていたのだ。