「本籍地」が皇居の日本人、約3000人いる
婚姻届や住民票の手続きで必ず目にする「本籍地」という欄。多くの人はこれを「今住んでいる場所」か、せいぜい「実家のある場所」くらいに思っているのではないだろうか。役所に提出する公的な書類に載る以上、実際の居住実態と結びついているはずだ、と。
ところがこの本籍地、実際の住所とはまったく無関係に、日本国内であればどこにでも自由に設定できる。地番さえ存在すれば、自分が一度も住んだことのない土地、極端に言えば足を踏み入れたことすらない場所でも本籍地として届け出ることが可能なのだ。
この抜け穴を最大限に活用しているのが、皇居を本籍地に選ぶ人々である。東京都千代田区千代田1番1号、つまり皇居の住所を本籍地として届け出ている人は約3000人にのぼり、日本で最も本籍地として人気のある場所だという。大阪城(大阪市中央区大阪城1番)にも約800人が本籍を置き、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場には2011年10月時点で699人が本籍地として登録していた記録が残る。中には結婚を機に、縁起を担いで甲子園球場を本籍地に選んだ新婚夫婦まで実在するという。
なぜこんなことが可能なのか。理由は単純で、本籍地は所有権とも居住実態とも法的に一切結びついていないからだ。皇居や大阪城の持ち主であるかどうかは審査対象にならず、届け出る側がここにしたいと書けば、地番として存在する限り役所はそれを受理する。しかも本籍地は一度決めたら固定というわけでもなく、転籍という手続きを踏めば何度でも変更できる。転籍届は本籍地の役所ではなく、今住んでいる自治体の窓口に出すだけでよく、皇居や大阪城まで実際に足を運ぶ必要すらない。同じ一区画に何百人、何千人分もの本籍が重ねて置かれていても、制度上は何の問題も生じない。土地の所有者に許可を取る必要もなければ、通知が届くこともない。
結果として、皇居や大阪城のような格式高い場所や、甲子園球場のような思い入れの強い場所が、まるで人気の移住先であるかのように選ばれ続けている。動機の多くは、実利ではなく気分の問題だ。結婚という人生の節目に、由緒ある土地や思い出の球場を戸籍に刻みたいという願掛けであり、実際にそこへ生活の拠点を移すつもりは誰にもない。書類の上でだけ、日本で一番有名な住所の住人になれるというわけだ。海外の多くの国では戸籍にあたる制度自体が実際の居住地に紐づいているだけに、この仕組みは日本の行政の中でもかなり独特な部類に入る。
この本籍地は住民票と違って住所変更のたびに書き換える義務がなく、一度定めたきり生涯一度も訪れないまま人生を終える人も珍しくない。皇居を本籍地に選んだ約3000人のほとんどは、皇居の中で暮らしているわけでも、実際に皇居へ足を踏み入れたことがあるわけでもないだろう。誰にも見られることのない戸籍簿の中だけで、静かにそこに住み続けているのである。