「ひどすぎる作品」のみを展示する美術館がある
美術館というと、選び抜かれた「良い作品」だけを並べる場所だと誰もが思っている。腕利きの審査員による厳しい選考を勝ち抜き、額縁に収まった一枚だけが壁を飾る権利を得る——そういう常識を、私たちは疑ったこともなく育ってきた。技術も構図も色使いも未熟な作品は、たいてい日の目を見ることなく押し入れや倉庫の奥に眠るのが定番の運命である。
ところがボストン近郊で生まれた「バッドアート美術館」は、この常識を真正面からひっくり返す。掲げる理念は「他のいかなる場所でも展示されず、真価を認められることのない作品を生み出した芸術家の健闘を讃える」こと。公式サイトも同様に、「他のどんな場でも展示・評価されることのなかった作家たちの労苦を讃える、小さな美術館」だと自らを説明している。つまりこの美術館にとっては、「誰にも選ばれなかったこと」自体が唯一の入館資格になる。名作を選び抜く従来の美術館の論理を、そっくりそのまま裏返した施設なのだ。技術の巧拙で評価するのではなく、日の目を見なかった労苦そのものに光を当てるという発想の転換が、この美術館の核心にある。
面白いのは、ここが単なる悪ふざけの陳列室では終わらなかった点だ。英語版の説明によれば、永久収蔵品は700点を超える「目をそらすには酷すぎる(too bad to be ignored)」作品群で構成され、そのうち常時公開されるのはわずか25から35点だけ。ひどい絵ならなんでも並べるわけではなく、館内でもきちんとローテーションと選抜が行われている計算になる。つまりバッドアート美術館は、数百点のひどい作品の中からさらに「特に印象深くひどい」ものだけを選び抜く、逆説的なキュレーションの目を持っているということだ。「下手さ」にも順位があり、その頂点だけが壁にかかる——通常の美術館の縮図を、そのまま鏡写しにしたような構造である。
拠点の歴史も一筋縄ではいかない。もともとはボストン近郊デッダムの一角で産声を上げた私設美術館だが、その後サマービル、ブルックライン、サウスウェイマスの3か所に分館が置かれる時期を経て、2022年9月時点ではボストン市内に集約移転している。「誰にも評価されない作品」を守り伝えるためだけに、一時は複数の拠点を同時運営していたことになる。国立や市立の名だたる美術館が並ぶ美術都市ボストンの一角に、正統派とは真逆の哲学を掲げるコレクションが根を張り、拠点を移しながらも存続し続けている構図そのものが、この美術館らしい面白さといえるだろう。
この永久収蔵品の点数は資料によって記載に幅がある。日本語版の紹介では500点とされる一方、英語版の記載では700点を超えるとされている。数え方や更新時期の違いによるものだろうが、「ひどすぎて目をそらせない」作品たちが、記録の追いつかないペースで今も増え続けているのだとしたら、それもまたこの美術館らしい話である。