文化第145号夕刊

『茶色いM&M'sを1粒でも置いたら公演中止』――ロックスターの我儘、その意図とは

チナミニチンチラが読み上げます(3分54秒)

ロックスターの無茶な要求と聞いて、どのようなものを思い浮かべるだろうか。楽屋を花で埋めろ、ガラス扉の冷蔵庫を用意しろ――おおむね、売れた人間が権力を試すための意味のない駄々ではないだろうか。1980年代のハードロック全盛期、その代表例として語られてきたのが、アメリカのバンドVan Halenの契約書だった。

そこには、楽屋に用意するM&M'sから茶色い粒をすべて取り除くこと、という一条があった。しかも守られなかった場合は、全額補償付きで公演を中止できるという条件までついている。菓子の色が違うだけで巨大な公演が吹き飛ぶ――傲慢の極みとして噂が広まり、茶色い粒を出された怒りで会場を破壊した、という尾ひれまで付いた。1982年のワールドツアーの契約書の軽食の項目には「M&M'S(警告、茶色いものは絶対に入れるな)」と実際に大文字で書かれている。

ところが、この条項の本当の役割は安全確認だった。Van Halenは、それまで3台が標準だった機材トラックを9台連ねて地方の小さな会場に乗り込む、当時としては異例の規模のバンドだった。契約書には、床が重量を支えられるか、機材を通せる大きさの扉があるか、必要な電源が所定の間隔で確保されているかといった技術仕様が膨大に並ぶ。読み飛ばされれば、大きな事故が起こりかねない。

そこで、その分厚い条項の途中に、茶色いM&M'sの一文をまぎれ込ませた。ボーカルのデヴィッド・リー・ロスは自伝で、楽屋の菓子鉢に茶色い粒を見つけたら公演全体を最初から点検し直したのだと明かしている。菓子の色は、会場スタッフが契約書を隅々まで読んだかどうかを一目で判定するリトマス紙だった。茶色が混じっている会場では、必ずどこか技術的なミスが見つかったという。

1980年3月30日、コロラド州プエブロの大学体育館での公演が、その正しさを証明してしまった。会場側は契約書を軽く扱い、ケータリング業者は茶色い粒を取り除く指示を拒否していた。そして、ジャンボジェット並みの重量があったステージセットは、新しく張り替えられたばかりの床を突き破って沈んだ。床の重量条件を誰も確認していなかったのだ。損害はおよそ8万ドル、床は全面張り替えとなった。

ちなみに、

この一件で損をしたのは会場だけではない。このライブを足がかりに、大物アーティストによる公演を続けようとしていた大学だったが、この夜を最後にキャンパスでのコンサート開催を全面的に禁止。地元の音楽ファンが待っていた「これから大物が来る街」という未来は消えてしまった。菓子の色をめぐる我儘として語られた条項は、読まれない契約書がどれだけ高くつくかを示す教材として、今も語り継がれている。

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