文化第149号夕刊

蹴りを練習せず、キックボクシングの全国王者になった男

チナミニチンチラが読み上げます(3分15秒)

「キックボクシングの全国王者」と聞いて、どんな選手を思い浮かべるだろうか。鋭い蹴り、重い突き、それを支える何年もの下積み——おおむね、そんな像ではないだろうか。強さの裏づけが技術にあることを、普通は誰も疑わない。

ところが、そのイメージを覆す王者がいる。1999年にアメリカで開かれた中国式キックボクシング「散打」の全国選手権で金メダルを獲った男は、なんと、蹴りも突きもろくに練習していなかった。彼が本番までの四週間で磨いたのは、相手を押す動作だけである。名はティモシー・フェリス。のちに『週4時間だけ働く』を書いてベストセラー作家になる人物だ。

そもそも出場の動機が軽い。友人に焚きつけられて勢いで申し込み、準備に使える時間は四週間しかなかった。殴り合いを一から覚えて勝てる期間ではない。そこで彼が広げたのは、サンドバッグではなくルールブックだった。

見つけたのは、細則に紛れていた一行である。散打は高く組まれた台の上で戦う競技で、同じラウンド中に3回台から落ちた選手は、その時点で相手の勝ちになる。フェリスはこの規定を唯一の技に決め、ひたすら押す練習に時間を注いだ。試合が始まれば、やることは一つ。組みつき、押し、落とす。それを3回繰り返せば、蹴りを一発も当てないまま勝てるのだ。

抜け穴はもう一つあった。計量が試合前日だったことである。彼は脱水によって18時間で約13キロを落として165ポンド級で計量を通し、そのあと水分を一気に戻して、当日は約88キロで台に上がった。実際には、自分より三階級軽い相手と向き合っていたことになる。押せば落ちるのも道理である。

結果、フェリスは全試合をTKOで勝ち抜き、全国王者として帰っていった。5年10年と続けてきた選手たちの大半が届かなかった称号を、ルールを読み込んだだけの新参者がさらっていったのだ。審判たちの表情が晴れやかでなかったのは、想像に難くない。

ちなみに、

この脱水による減量法を、彼は現在トップクラスのパワーリフターたちに指導しているという。本人は医師の管理下で行ったと明かしたうえで、家では絶対に真似しないよう釘を刺している。

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