科学第156号朝刊

ゆで卵を"生に戻した"化学者

チナミニチンチラが読み上げます(3分35秒)

ゆで卵は、生卵に戻らない。とろりと透明だった白身も、熱を通せば白く固まり、いくら冷ましたところで二度と透明には戻らない。取り返しのつかないことのたとえに使われるほど、不可逆なもの——そんな感覚ではないだろうか。

ところが、その一方通行を逆走してみせた化学者がいる。オーストラリア・アデレードにあるフリンダース大学のコリン・ラストン。なんと2015年、ゆで卵を部分的にゆで戻す化学的レシピを発明したとして、イグノーベル化学賞を受賞しているのだ。

卵が固まる仕組みはこうだ。卵白の約3分の2を占めるタンパク質オボアルブミンは、生のときは綺麗に折り畳まれて水に溶けている。ところが加熱されるとその折り畳みがほどけ、普段は内側に隠れている水をはじく部分が表面に露出し、ほどけた鎖同士が絡まり合って大きな塊になる。ラストン本人の説明では、コイル状に巻かれたスパゲッティがほどけて、まわりのスパゲッティにくっついてしまった状態だという。つまり元に戻すには、絡まった塊から鎖を一本ずつ引き剥がし、もう一度正しく巻き直してやらなければならない。

そこで彼が持ち込んだのは、熱でも薬品でもなく、回転だった。ラストンが開発した渦流装置は、液体を高速で回転させ、そこで生じるせん断力をタンパク質にかける。固ゆでの卵白で実演したところ、絡まったタンパク質はほどけて折り直され、白く濁っていた白身は生の透明な状態へと戻ってしまった。

もっとも、受賞にあたって本人が念を押したのは、この技術の本命が台所ではないということだった。狙いは生物医学にある。遺伝子組み換えの細菌に作らせたタンパク質は、しばしば正しく折り畳まれず使い物にならない。それを直せる可能性があるのだ。実際、卵巣がんや肺がんに使われる抗がん剤カルボプラチンでは、この装置を通すことで薬の効き目が最大4.5倍にまで高まったという。バイオディーゼルの製造効率を上げる用途も見つかっている。

イグノーベル賞は、「人を笑わせ、そして考えさせる」業績に贈られる賞である。ゆで卵を生に戻してみせた化学者は、その趣旨をこれ以上ないほど体現していた。

ちなみに、

この装置が生まれたきっかけは、2012年に交わされたわずか10分の会話だったという。「固まったタンパク質を簡単にほどく方法」を探していたアメリカのワイス教授と、高速回転の技術を持つラストン教授の、偶然の出会いが生んだ発見だった。ラストン教授自身、卵を元に戻すつもりで始めた研究ではなかったと振り返っている。

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