ゴキブリのミルク、牛乳の3倍のエネルギーを持っていた
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ゴキブリと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。台所の隅を走り回る、できれば視界に入れたくない虫——そんなイメージではないだろうか。害虫の代表的存在であり、我々との共通点など見当もつかない存在だ。
ところが、そのイメージから大きく外れた一種がいる。パシフィック・ビートル・ゴキブリは、知られている限り唯一の胎生のゴキブリだ。卵を産み落とさず、母親の体内で卵を育て、子を直接産む。哺乳類とよく似たやり方である。
体内で育てるには、子に栄養を送らなければならない。この種の卵には卵黄がほとんど入っていないので、その役目は親が担うことになる。そこで母親は、胎内からタンパク質に富んだ液体を分泌する。子はそれを飲んで育つ。昆虫が自分の子に「ミルク」を与えているのだ。
面白いのはその先だ。飲み込まれた液体は、子の腸の中で固まって結晶になる。液体のまま栄養として使われるのではなく、飲んだあとに固形へと姿を変えるわけだ。2016年、国際的な研究チームがX線結晶構造解析でこの結晶を原子レベルまで調べ上げた。結晶はタンパク質が脂質を抱え込み、隙間なく密に詰まった構造をしていた。
そして熱量を見積もってみると、結晶1粒は同じ重さの牛乳の3倍以上のエネルギーを持っていた。ぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、小さな体積に大量の栄養が収まる。胚にとっては、効率の良い弁当のようなものだ。研究チームはこの結晶が脂肪・糖・タンパク質を豊富に含み、とりわけ必須アミノ酸に富むことも示している。
この研究は、2026年のイグノーベル化学賞を受賞した。イグノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究に贈られる。ゴキブリのミルクという題材は、たしかに笑いを誘う。だが受賞者の一人は、不思議な問いこそが面白い発見につながるのだと語っている。実際、この結晶の異様な安定性は、新しいタンパク質を設計する手がかりとして、今も研究室で調べられている。
この結晶が報じられた当初は「次のスーパーフード」として話題になった。栄養価だけを見れば確かに桁違いだが、ゴキブリ一匹から搾れる量を考えれば、朝食の牛乳が置き換わる日は遠い。