ことば第162号夕刊

「イクラ」はロシア語由来だが、元々の意味と若干違う

チナミニチンチラが読み上げます(3分5秒)

寿司屋のカウンターで光る、あのオレンジの粒。軍艦巻きにのった姿はどこからどう見ても和食の顔をしているが、「イクラ」という名前だけは日本語ではない。ロシア語の икра(イクラー)が、そのまま日本に居着いた外来語である。

しかも本家のロシア語では、икра は鮭の卵という意味ですらない。魚卵全般、あるいは小さくて粒々したもの、という幅の広い言葉だ。だからロシア語で鮭の卵は「赤いイクラ」、キャビアは「黒いイクラ」と呼ばれ、ニシンの卵――つまり数の子も икра の一種として扱われる。向こうで「イクラください」と言えば、どの色の話かと聞き返されてもおかしくない理屈である。

では、なぜ日本語では鮭の卵のバラ粒だけを指すようになったのか。ここが一番おかしなところで、原因はどうやら取り違えらしい。もともと日本語には、卵巣膜に包まれたままの状態と、一粒ずつバラした状態を呼び分ける言葉がなかった。そこへ、ロシア人がバラした鮭の卵を икра と呼んでいるのを見た日本人が、「このバラバラの状態をイクラと言うのか」と受け取ってしまった。完全な誤解である。ところがこれが筋子と区別するのに都合がよかったため、誤解のまま全国に広がって定着した。日本語に空いていた席に、外国語が勘違いで居座ったわけだ。

伝来の時期については諸説ある。大正時代に樺太庁水産試験場がロシア伝来の製法で保存の利く塩漬けを試作したのが始まりとする説と、日露戦争の出兵時にロシア人がキャビアの代用品として食べていたのが始まりとする説があり、どちらとも確定していない。また、昭和初期まで日本の市場で「キャビア」として出回っていたものの正体は、イクラだったともいわれている。今でこそ高級品として堂々と並ぶが、日本デビューは黒いイクラの替え玉だったのだ。

ちなみに、

イクラをそのまま食べる地域は世界的に見るとかなり限られていて、製法を伝えたロシアですら日本ほど日常的には食べない。アメリカやカナダに至っては食用にすらならず、砂糖漬けの瓶詰めが釣り餌として売られている。日本人が丼いっぱいに盛り上げるあの粒は、海の向こうでは魚をだますための道具である。

この話、知ってた?
押すと、みんなの初耳率が見られます