食第164号夕刊

回転寿司は、ビール工場のベルトコンベアから生まれた

チナミニチンチラが読み上げます(3分28秒)

寿司屋の原点といえば、カウンター越しの職人と客の一対一だ。目の前で握られたものを、その場で受け取る。あの距離の近さこそが寿司の贅沢だった。

ところが1958年、大阪の布施(現在の東大阪市)に、客と職人のあいだにベルトコンベアを割り込ませる店が現れる。「廻る元禄寿司」。世界初の回転寿司である。

考案したのは、店主の白石義明。高級品だった握り寿司を大衆のものにしたいと、立ち食いスタイルの安い寿司を出したところ、これが大繁盛しすぎた。人手が足りなくなり、注文がさばけない。握った寿司を客の手に渡す、そのわずかな時間すらも惜しいほどの大盛況。大人気ゆえに追い詰められていたのだ。

打開策は寿司の世界の外から来た。1948年、地元の経営者たちと連れ立って見学に行ったビール工場で、白石はベルトコンベアに載って流れていくビール瓶を見る。あれに寿司を載せて客の前を通せばいい——ひらめきは一瞬だったが、そこからの道のりは長かった。

最大の難関はコーナーだった。直線なら皿はおとなしく進むのに、曲がり角でコンベアが詰まり、寿司が落ちる。町工場の職人たちを巻き込んだ試行錯誤はおよそ10年に及んだ。突破口は、子どもがトランプを扇形に広げて遊ぶ姿だったという。あの角度で部材を並べればコンベアは曲がれる。こうして生まれたのが「ウロコ」と呼ばれる独特な形の板で、回転寿司は文字どおり角を曲がれるようになった。

開店したレーンの速度は毎秒8センチ。ネタを見極める余裕はあり、なおかつせっかちな大阪人がじれない——その一点を狙い澄ました速度だった。前年にソ連が人工衛星を打ち上げたばかりとあって、キャッチコピーは「人工衛星廻る寿司」。安い、早いに「おもろい」が加わって、店の前には連日行列ができた。1970年の大阪万博に出店すると知名度は一気に全国区になり、この発明は2021年に日本機械学会の機械遺産にも認定されている。

ちなみに、

回転寿司の湯呑みのそばにある給茶装置も、失敗から生まれた後付けの発明だ。発祥当初、茶は寿司と同じようにレーンで回されていた。当然のように倒れる。危ないから何とかしてほしいと元禄寿司から相談を受けたメーカーが、ラーメンにタレを注入する装置を応用して作ったのが、あのボタンを押すと熱湯が出る装置だった。

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