文化第236号朝刊

中華料理店の回転テーブル、生まれたのは中国ではなく東京・目黒だった

チナミニチンチラが読み上げます(4分7秒)

中華料理店の丸テーブルの真ん中で、大皿をくるくる回すあの装置。餃子も酢豚もぐるりと一周してくる光景は、いかにも中国四千年の食卓文化が生んだ発明に見える。香港でも台湾でも、アジアの街の中華料理屋に行けば当たり前のように置いてあるのだから、本場で生まれたものだと思うのが自然だ。

ところが、あの回転テーブルの発祥地として名が挙がるのは中国ではなく、東京・目黒である。1932年、目黒にあった料亭・目黒雅叙園(現在のホテル雅叙園東京)の創業者、細川力蔵が考案したとされている。

なぜ料亭の主人がテーブルを回そうと思い立ったのか。当時の日本で中国料理は敷居が高く、大皿から小皿へ取り分けるのは給仕の仕事だった。しかも、給仕に頼めば心付けを渡さなければならない。作法に不慣れな一般客には、それだけで入りづらい店になってしまう。かといって客が自分で取り分けようとすると、遠くの皿に手を伸ばすたびに立ち上がって席を移らなければならない。宴席に初対面の相手がいれば、なおさら気を遣う。座ったまま好きな料理を取り、そのまま次の人へ譲れる方法はないか——その問いから生まれたのが、天板を回すという答えだった。

細川が制作を頼んだのは、雅叙園の建築を任せていた棟梁である。できあがった第1号は、ただ回ればいいという代物ではなかった。貝殻を薄く切り出してはめ込む螺鈿細工がテーブル全体に施された、目で見て楽しむための一台。これが日本で現存する最古の回転テーブルとされ、修復を受けて今も同園の中華料理店の個室で現役の食卓として使われている。九十年以上前に回りはじめた円盤が、まだ回っているのだ。

その後、回転テーブルは日本の中国料理店に広まり、雅叙園でこれを見た中国人が本国に持ち帰って普及させたとも言われている。ただし発祥については諸説あり、回転する天板そのものは1900年代のアメリカにも家具として存在した。大皿から各自が取り分けるフランス式の配膳に合わせ、向かい側の人も手が届くようにと使われていたものだ。

一方で、中国生まれとは考えにくいとする見方もある。文化人類学者の西澤治彦氏によれば、そもそも中国で円卓が普及したのは清朝末期以降と歴史が浅く、家庭でもレストランでも四角いテーブルが一般的だった。さらに中国の宴席は席次が厳格で、身分の順に料理を配ろうとすると円盤を右へ左へ何度も動かす羽目になる。主人が自分の箸で主賓の皿に取り分ける習慣とも噛み合わない。回す必然性が、はじめからなかったということらしい。

ちなみに、

回転テーブルは英語圏では「Lazy Susan(怠け者のスーザン)」と呼ばれている。スーザンは英語圏によくある女性の名前で、給仕を呼ばずに自分で取れる気配りの道具は、海の向こうでは怠け者の名を着せられていたことになる。

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