夏目漱石の脳、今も東大の棚に並んでいる
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日本の近代文学を代表する文豪、夏目漱石。『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こゝろ』と名作を残し、千円札の肖像にもなった、誰もが知る偉人だ。
ところが、漱石が遺したものは作品と肖像のみではない。彼の脳そのものが、いまも東京大学医学部の標本室に保管されている。しかも単独ではなく、ほかの34人分の脳とともに、ガラスの陳列棚に納まっているのだ。
漱石は1916年12月9日に亡くなり、その翌日には東京帝国大学で解剖されている。執刀したのは主治医の長與又郎で、このとき脳と胃が摘出された。当時の新聞はこの解剖を記事にし、医師たちが漱石の脳の優れた素質に驚いた様子を伝えている。脳は現在もエタノールに漬けられた状態で保存されている。
では、なぜ棚に35人分も並んでいるのか。長與又郎は「日本民族の優秀性」と銘打って、「傑出人の脳」のコレクションを集めていたと言われている。優れた日本人の脳を集めて並べれば、その優秀さが目に見える形で示せる——そういう発想だ。漱石の脳は、その目玉として棚に加えられた。
ところが肝心の実測値は、それほど劇的ではなかった。漱石の脳は1,425グラム。長與自身が講演で述べたところによれば、日本人男性の平均はおよそ1,350グラムで、平均よりやや重い程度にとどまる。左右の前頭葉の発達が著しい点は特筆されたものの、大きさそのものが際立っていたわけではないのだ。
この標本室には人間の脳のほかにエジプトのミイラなども収められており、漱石の脳もそうした研究標本の一つとして並んでいる。しかも、エタノールは安全性が高い代わりに臓器の色を長く保てない。そのため漱石の脳は本来の色が抜け、青みがかった灰白色になっている。『漱石の脳』という本では、その姿を「漱石の脳といわれなければ、誰の脳か全くわからない」と書き留めている。日本文学の頂点に立った男の脳も、それ単体で見ればただの脳だった。
偉人の中で脳の重さを比べるなら漱石は上位でもない。ビスマルクの脳は1,807グラム、最も重いとされるのは作家ツルゲーネフの2,012グラムで、漱石の1.4倍を超える。