1億年前の巨大タコに「利き手」があった?
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タコといえば、岩の隙間にするりと入り込み、体の色を変えて身を隠す、賢いけれど控えめな生き物——おおむね、そんな海の忍者めいたイメージではないだろうか。捕食者というより、大きな魚やサメに狙われる側の存在として語られることが多い。
ところが、最初期のタコはそのイメージと大きく乖離している。北海道大学の伊庭靖弘准教授らの研究グループが2026年4月、白亜紀後期のタコの顎化石を解析して発表したところによると、その全長は7〜19メートル。現在のダイオウイカ(最大約12メートル)をも上回り、地球史上最大の無脊椎動物だった可能性がある。しかも柔らかく漂う生き物ではなく、硬い殻や骨ごと獲物を噛み砕く、白亜紀の海の頂点捕食者だったという。
過去4億年の海では、頂点捕食者の座は大型爬虫類やサメといった脊椎動物のものであり、タコのような無脊椎動物は小さな獲物として進化してきた——というのが従来の常識だった。その図式を、巨大なタコが真正面から破っていたことになる。
そもそもタコは骨がないため、顎などごく一部を除いて化石に残りにくい。研究チームは化石を含む岩石を薄く研磨しては撮影し、それを3次元に再構成したうえで、AIで顎の化石を自動的に抜き出すという手法を使った。おかげで顎の表面の傷や摩耗痕まで高精細に見えるようになり、よく育った個体では顎の先端が顎全体の長さの最大10%もすり減っていたことがわかった。硬い殻の獲物を食べる現生の頭足類よりも激しい消耗であり、繰り返し力任せに噛みついていた証拠である。
そして、この摩耗痕がとんでもない副産物を残していた。すり減り方が、左右で大きく偏っていたのだ。ヒトの利き手と同じように、体の左右どちらかを優先して使う性質を「側性化」といい、現生の動物では脳の高度な発達と結びつけられている。つまり1億年前の巨大なタコは、ただ大きくて凶暴だっただけでなく、噛むときの癖を持つほど賢かった可能性がある。化石の削れ具合から、絶滅した動物の「利き」まで読み取れてしまったのだ。
研究チームは、強靭な顎と、体表を覆う殻や骨を持たない柔軟な身体という、脊椎動物とタコに共通する特徴こそが、巨大で知的な海の捕食者になるための条件だったと結論づけている。硬い鎧を捨てたことが、頂点に立つ近道だった。
この化石が見つかったのは日本とカナダのバンクーバー島。静かな海底が繊細な痕跡まで保存してくれていたおかげで、今回の発見はヒレのあるタコの仲間の記録を約1500万年、タコ全体の起源を約500万年さかのぼらせることにもなった。日本の岩の中に、1億年前の巨大タコが眠っていたのだ。